| 訓読 |
2072
渡(わた)り守(もり)舟渡せをと呼ぶ声の至らねばかも楫(かぢ)の音(おと)のせぬ
2073
ま日(け)長く川に向き立ちありし袖(そで)今夜(こよひ)巻かむと思はくがよさ
2074
天(あま)の川(がは)渡り瀬(ぜ)ごとに思ひつつ来(こ)しくもしるし逢へらく思へば
2075
人さへや見継(みつ)がずあらむ彦星(ひこほし)の妻呼ぶ舟の近づき行くを [一云 見つつあるらむ]
2076
天(あま)の川(がは)瀬を早みかもぬばたまの夜(よ)は更(ふ)けにつつ逢はぬ彦星(ひこほし)
| 意味 |
〈2072〉
渡し守よ、舟を渡せと呼ぶ声が届かないのだろうか、櫓の音が聞こえない。
〈2073〉
幾日も川に向かって立っていた妻の着物の袖を、今宵、いよいよ枕にすることができると思うと、わくわくしてくる。
〈2074〉
天の川の渡り瀬を越えるたびに、妻のことを思って来た甲斐があった。こうして逢うことができたから。
〈2075〉
地上の人たちまでも見続けないでいられようか、彦星の妻どいの舟が向こう岸に近づいて行くのを。(見続けているであろうか)
〈2076〉
天の川の川瀬の流れが早いからか、夜は更けていくというのに、まだ織姫に逢えないでいる、彦星は。
| 鑑賞 |
作者未詳の「七夕の歌」5首。2072~2074は牽牛の立場の歌。2072は、向こう岸を出る時の歌で、「渡り守」は、天の川の渡し場の船頭。七夕歌の文脈では、牽牛自身が漕ぐ場合が普通ですが、ここは渡り守が存在するものとして想像されています。「舟渡せをと」の「を」は間投助詞で、呼びかけの語調を強めるもの。「至らねばかも」の「かも」は疑問で、届かないのだろうか。巻第7-1138に「宇治川を舟渡せをと呼ばへども聞こえざるらし楫の音もせず」があり、窪田空穂は、「その状態が酷似している。多分宇治河を天の河に移したのであろう」と述べています。
2073の「ま日長く」は、何日もの間、非常に長い間。「ま」は接頭辞、「日」は日数を指します。「川に向き立ち」は、天の川に向かって立ち尽くして。対岸の恋人を思って立ち続けていた様子。「ありし袖」は、(その間、ずっと独りで)あった袖。「袖」は、共寝の際に交わし合う(枕にする)ものの象徴であり、独りでいる袖は寂しさの象徴です。「今夜巻かむ」は、今夜こそ共寝をしよう、袖を交わそう。「思はく」は「思ふ」のク語法で名詞形。「よさ」は、形容詞「よし」の名詞形。長く待たされたからこそ、今夜は逢瀬がかなうという思いが、単なる期待ではなく、切実な喜びとして立ち上がっています。
2074の「天の川 渡り瀬ごとに」は、天の川を渡るいくつもの浅瀬、その一ヵ所一ヵ所で。「来しくもしるし」は、やって来た甲斐がある。「来しく」は「来し」のク語法で名詞形。「しるし」は、効果が著しい意の形容詞。「逢へらく思へば」は、逢えることを思えば。「逢へらく」は「逢へり」のク語法で名詞形。前歌とともに、天の川を渡りながらの歌で、結局、渡り守が舟を漕ぎ寄せてくれないので、徒歩で渡河したようです。
2075・2076は第三者からの立場の歌。2075の「人さへや」の「人」は地上の人、「や」は反語で、織女ばかりでなく地上の人々も、の意。「見継がずあらむ」は、見続けずにいられようか。「あらむ」は、上の「や」の係り結びで連体形。誰もがこの光景を凝視せずにはいられないはずだという、詠み手の確信と感動を強めています。「妻呼ぶ舟」は、妻どいの舟、妻を求めて漕ぎ出す舟。牽牛の切実な思いを「呼ぶ」という動作に託しています。「近づき行くを」は、(舟が対岸へ)近づいて行くのを。
2076の「瀬を早みかも」は、瀬が早いからだろうか。「ぬばたまの」は「夜」の枕詞。「夜は更けにつつ」の「つつ」は、逆説的詠嘆を示しており、夜は更けてしまうというのに。「逢はぬ彦星」の「逢はぬ」は、上の「かも」の結びの連体形であるとともに「彦星」の修飾語にもなっています。天の川の流れの速さになかなか岸に上がれないさまを描き、じれったがっている歌です。

『万葉集』クイズ
それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.さらす 2.くつ(沓) 3.ひとづま(人妻) 4.ゆき(雪) 5.ころも(衣) 6.たななし(棚無し) 7.はままつ(浜松) 8.あすか(明日香) 9.むなぎ(鰻) 10.さきもり(防人)
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