| 訓読 |
2077
渡(わた)り守(もり)舟(ふね)早(はや)渡せ一年(ひととせ)にふたたび通(かよ)ふ君にあらなくに
2078
玉葛(たまかづら)絶えぬものからさ寝(ぬ)らくは年の渡りにただ一夜(ひとよ)のみ
2079
恋ふる日(ひ)は日(け)長きものを今夜(こよひ)だにともしむべしや逢ふべきものを
2080
織女(たなばた)の今夜(こよひ)逢ひなば常(つね)のごと明日(あす)を隔(へだ)てて年は長けむ
2081
天(あま)の川(がは)棚橋(たなはし)渡せ織女(たなばた)のい渡らさむに棚橋渡せ
| 意味 |
〈2077〉
渡し守よ、早く舟をこちら岸に着けておくれ。一年に二度と通って来られるお方ではないのだから。
〈2078〉
蔓のように私たちの仲は絶えることはないものの、共寝できるのは一年に一夜だけなのです。
〈2079〉
恋しく思う日々は長いのに、今夜だけでも、物足りない思いをすべきではない、せっかく逢える夜なのだから。
〈2080〉
織姫は今宵、彦星と逢ってしまえば、またいつものように、明日を境に離れて暮らすことになり、その一年はさぞかし長いことだろう。
〈2081〉
天の川に棚橋を渡せよ。織女がお渡りになれるように、棚橋を渡せよ。
| 鑑賞 |
作者未詳の「七夕の歌」5首。2077・2078は、織女の立場の歌。2077の「渡り守」は、天の川の渡し舟の船頭。ここも、渡し舟があり、渡守もいるものとして想像されています。「舟早渡せ」は、舟を早く出して渡してくれ。「渡せ」は命令形であり、一刻も早くという強い焦燥感を表します。「一年にふたたび通ふ」は、一年のうちに、二度も行き来する。「あらなくに」は、ないことであるのに。
2078の「玉葛」の「玉」は美称で、葛の蔓が切れずにどこまでも延びることから「絶えぬ」にかかる枕詞。「絶えぬものから」は、絶えないものの、絶えていないけれども。「さ寝らくは」の「さ」は、接頭語、「寝らく」は「寝る」のク語法で名詞形。共寝することは。「年の渡り」は、一年が経過する間に。枕詞「玉葛」が象徴する長く絶えない縁と、結句の「ただ一夜のみ」という極めて短い時間の対比が鮮やかであり、別れているわけではないが、逢えるのはたった一晩という、七夕伝説特有のもどかしさが、この対比構造によって強調されています。牽牛の歌と見る立場もあります。
2079は、牽牛の立場の歌。「恋ふる日は」は、恋しく思っている期間は。「日(け)」は「日」の複数形。「今夜だに」は、今夜だけでも。「ともしむべしや」の「ともしむ」は、物足りなく思う。「や」は反語で、物足りなく思ってよいものだろうか、いやよくない。「逢ふべきものを」は、逢えるはずなのに、逢うべく定まった日であるものを。逢瀬が間近にあるのに、期待と不安で揺れ動く心のねじれが表現されており、また、会えない時間の長さを強調することで、今目の前にある「今夜」の密度の濃さを浮き彫りにしています。
2080・2081は、第三者の立場からの歌。2080の「織女(たなばた)」は、タナバタツメの約。「今夜逢ひなば」は、今夜逢ってしまったならば。「常のごと」は、いつものように。「明日を隔てて」は、明日を境としてまた遠く隔たって。「年は長けむ」は、(次の一年が巡ってくるまでの)月日は長いことだろう。「常のごと」という言葉には、これが初めての別れではなく、毎年繰り返されるからこそ、その別れの辛さも、その後の長い待ち時間も、あらかじめ分かってしまう、という諦念と悲しみがあります。
2081の「棚橋」は、棚のように一枚板を渡しただけの仮設の橋。「い渡らさむ」の「い」は接頭語、「渡らさむに」の「渡らさ」は「渡る」の尊敬語「渡らす」の未然形。「むに」は、~できるように。「棚橋渡せ」というフレーズを歌の最初と最後に置く首尾連関の構成をとっており、これにより、詠み手の「どうしても橋を架けてほしい」という切迫した、揺るぎない意志が強調されています。また、中国の七夕伝説のように、織女のほうから渡ろうとするさまをうたっています。

『万葉集』から「本歌取り」された例
「本歌取り」というのは、古歌のことばや内容などをそのまま用いることで、古歌が描く世界を自作の歌の背景に採り入れ、二重映しの効果を得る方法で、藤原定家が理論づけ、『新古今集』でもっとも盛んに行われました。『万葉集』の歌からの本歌取りには次のような例があります。
額田王の歌(巻第1-18)
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなもかくさふべしや
紀貫之の歌
三輪山をしかも隠すか春霞人に知られぬ花や咲くらむ
長忌寸意吉麻呂の歌(巻第3-265)
苦しくも降り来る雨か三輪が崎狭野のわたりに家もあらなくに
藤原定家の歌
駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野の渡りの雪の夕暮
笠郎女の歌(巻第4-600)
伊勢の海の磯もとどろに寄する波畏き人に恋ひ渡るかも
源実朝の歌
大海の磯もとどろによする波われて砕けて裂けて散るかも
舒明天皇の歌(巻第8-1511)
夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かずい寝にけらしも
猿丸大夫の歌
奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき
柿本人麻呂歌集(巻第10-1812)
ひさかたの天の香久山この夕へ霞たなびく春たつらしも
後鳥羽院の歌
ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく
作者未詳歌(巻第11-2802)
あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む
藤原定家の歌
ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床のつきかげ
作者未詳歌(巻第12-2894)
聞きしより物を思へば我が胸は破れて砕けて利心もなし
源実朝の歌
大海の磯もとどろによする波われて砕けて裂けて散るかも
作者未詳歌(巻第12-3176)
草枕旅にし居れば刈り薦の乱れて妹に恋ひぬ日はなし
源実朝の歌
草枕旅にしあればかりごもの思ひ乱れて寐こそ寝られね
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