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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2085~2088

訓読

2085
天(あま)の川(がは)瀬々(せぜ)に白波(しらなみ)高けども直(ただ)渡り来(き)ぬ待たば苦しみ
2086
彦星(ひこほし)の妻呼ぶ舟の引き綱(づな)の絶えむと君を我(わ)が思はなくに
2087
渡り守(もり)舟出(ふなで)し出(い)でむ今夜(こよひ)のみ相(あひ)見て後(のち)は逢はじものかも
2088
我(わ)が隠(かく)せる楫棹(かぢさを)なくて渡り守(もり)舟貸さめやもしましはあり待て

意味

〈2085〉
 天の川の瀬ごとに白波が高かったけれども、まっすぐに渡って来た。波がおさまるのを待っているのは堪えがたいので。
〈2086〉
 彦星の妻どいをする舟の引き綱のように、あなたとの仲が切れてしまうなどとは思っていないことです。
〈2087〉
 渡し守よ、舟出をしてここから出かけよう。今夜だけ逢って、今後は逢わないということなどあるものか。
〈2088〉
 私が隠している楫や棹もなくては、渡し守だって舟を出しましょうか、出しはしません。しばらくこのままお待ち下さいな。

鑑賞

 作者未詳の「七夕の歌」4首。2085は牽牛の立場の歌。「瀬々」は、いくつもの瀬。川の至る所。「白波高けども」は、波が荒く立っているけれども。「直渡り来ぬ」は、躊躇せずまっすぐに渡って来た。「待たば」は、波が静まるのを待ったならば。「苦しみ」は「苦し」のミ語法で、苦しいゆえに。天の川を無事に渡り終え、待っていた織女に逢えた時の感慨を歌っています。

 
2086の「妻呼ぶ舟」は、妻である織女を求めて、あるいは彼女のもとへ向かうために出す舟。「引き綱」は、舟を岸に繋ぎ止めたり、陸から引いたりするための綱。ここでは男女の縁・絆の比喩として用いられています。上3句は、引き綱が切れることのない意から「絶えむ」を導く譬喩式序詞。「絶えむと思はなくに」の「なくに」は強い否定・反語的詠嘆で、絶えるだろうとは全く思ってはいないことだ。この歌は男が女に真心を誓って言っている相聞歌であり、七夕を序詞として使っているものです。

 
2087は、夜が明けて織女に別れて天の川の渡場まで来た牽牛が、今更に名残りが惜しまれて躊躇をしていたものの、思い切って船頭に舟出を命じ、自らを励ました歌。「渡り守」は、天の川の渡し舟の船頭で、その船頭に呼びかけたもの。「今夜」は、ここは昨夜から今朝までのこと。「逢はじものかも」の「ものかも」は、反語。逢わないことがあろうか、ありはしない。

 
2088は、彦星が帰らなければならない時に、織女が引き留めようとした歌。「我が隠せる」は、私が隠している。6音の字余りになっていますが、カ・クと同一の音節が続くので許容範囲にあるとされます。「やも」は、反語。「しまし」は、しばらく。「あり待て」は、そのまま待て。牽牛が帰るのを嫌がって、牽牛が乗って来た舟の楫と棹を隠してしまうという、実にユーモラスな歌です。この歌は人気があったらしく、『古今集』にも「ひさかたの天の河原の渡し守君渡りなばかぢ隠してよ」という似た歌が載っています。
 


七夕の歌

 中国に生まれた「七夕伝説」が、いつごろ日本に伝来したかは不明ですが、上代の人々の心を強くとらえたらしく、『万葉集』に「七夕」と題する歌が133首収められています。それらを挙げると次のようになります。

巻第8
山上憶良 12首(1518~1529)
湯原王 2首(1544~1545)
市原王 1首(1546)
巻第9
間人宿祢 1首(1686)
藤原房前 2首(1764~1756)
巻第10
人麻呂歌集 38首(1996~2033)
作者未詳 60首(2034~2093)
巻第15
柿本人麻呂 1首(3611)
遣新羅使人 3首(3656~3658)
巻第17
大伴家持 1首(3900)
巻第18
大伴家持 3首(4125~4127)
巻第19
大伴家持 1首(4163)
巻第20
大伴家持 8首(4306~4313)

 このうち巻第10に収められる「七夕歌」について、『日本古典文学大系』の「各巻の解説」に、次のように書かれています。

―― 歌の制作年代は、明日香・藤原の時代から奈良時代に及ぶものと見られ、風流を楽しむ傾向の歌、繊細な感じの歌、類想、同型の表現、中国文化の影響などが相当量見出される点からして、当代知識階級の一番水準の作が主となっていると思われる。同巻のうちにも、他の巻にも、類想・類歌のしばしば見られるのはその為であろう。――

 また、巻第10所収の『柿本人麻呂歌集』による「七夕歌」には、牽牛と織女のほかに、二人の間を取り持つ使者「月人壮士」が登場しており、中国伝来のものとは違う、新たな「七夕」の物語をつくりあげようとしたことが窺えます。

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古典に親しむ

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