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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2105~2109

訓読

2105
春されば霞隠(かすみがく)りて見えずありし秋萩(あきはぎ)咲きぬ折(を)りてかざさむ
2106
さ額田(ぬかた)の野辺(のへ)の秋萩(あきはぎ)時(とき)なれば今(いま)盛(さか)りなり折(を)りてかざさむ
2107
ことさらに衣(ころも)は摺(す)らじをみなへし佐紀野(さきの)の萩(はぎ)ににほひて居(を)らむ
2108
秋風は疾(と)く疾(と)く吹き来(こ)萩(はぎ)の花散らまく惜(を)しみ競(きほ)ひ立つ見む
2109
我(わ)が宿(やど)の萩(はぎ)の末(うれ)長し秋風の吹きなむ時に咲かむと思ひて

意味

〈2105〉
 春には霞に隠れて見えなかった萩が、秋になった今は美しく咲いた。手折って髪飾りにしよう。
〈2106〉
 額田の野辺の秋萩は、ちょうど時節なので、今が真っ盛りだ。手折って髪飾りにしよう。
〈2107〉
 わざわざ衣を摺染めにはすまい、佐紀野の萩に、美しく染まっていよう。
〈2108〉
 秋風よ、早く吹いて来い。萩の花が散るのを惜しみ、風に逆らって揺れ立つのを見たいから。
〈2109〉
 我が家の庭の萩が枝先が長く伸び立っている。秋風が吹いてきたら、さっそくに咲こうと思って。

鑑賞

 作者未詳の「花を詠む」歌5首。2105の「春されば」は、春になると。上3句の表現意図がはっきりしませんが、春には芽を吹かず、目につきにくいことを言ったもの、すなわち秋萩は春には目立たず、存在しないかのように感じられていたことを示したものとされます。「かざす」は、草木の花や枝を髪飾りにすること。春秋の争いの心による歌と見えます。2106の「さ額田」の「さ」は接頭語、大和郡山市南部の額田部あたりか。「時なれば」は、その時節なので。秋萩がまさに盛りを迎えた瞬間を捉え、その美を身近に取り込もうとする素直な喜びを詠んだ一首です。

 
2107の「をみなへし」は「咲き」と続き、「佐紀」の枕詞。「佐紀野」は、平城京の北方の丘陵。「にほひて居らむ」は、美しい色に染まっていよう。人為的な装いを退け、秋の野の草花の中に身を置くことで、自然の色香に自然に染まろうとする心情を詠んだ一首です。萩歌群の中でも、「見る」「折る」といった行為より一歩進み、「居る」こと自体に価値を見いだしている点に、本歌の特色があります。

 
2108の「疾く疾く」は、早く早く。「来(こ)」は、動詞「来(く)」の命令形。秋の風は涼やかで心地よいものとして詠まれることが多いのですが、ここでは季節の進行を容赦なく早める力として捉えられており、花の命を脅かす存在となっています。「散らまく」は「散らむ」のク語法で名詞形。秋風の激しさと、それに脅かされる萩の花のはかなさとを重ね合わせ、散りゆく前の一瞬の美を見届けようとする切迫した心情を詠んだ一首です。

 
2109の「宿」は、家の敷地、庭先。「末」は、枝先の若い部分。「咲かむと思ひて」は、萩を擬人化しています。庭の萩の茎が長く伸び立っているのを見ると、そのさまが、さも早く花を咲かせたいと思っているらしく見えるところからの心で、秋風と萩の開花とを静かに結びつける構成は、多くの萩歌群の中にあって落ち着きと内省を備え、万葉的自然観の穏やかな一側面をよく示していると評価されます。

 『万葉集』でもっとも多く歌われた植物は萩であることから、この時代、萩が非常に好まれたことがわかります。
山上憶良も、秋の七草の最初に萩を置いています(巻第8-1538)。さらには、ここの2109と同様に、大伴書持(おおとものふみもち・家持の弟)の、庭の萩を詠んだ歌がありますので、庭に萩を植えることも流行っていたようです。
 


教養としての『万葉集』

 『万葉集』が日本人の一般的教養書目に加わったのは、そんなに古いことではない。千年以上にわたって、三十一文字の和歌は詠みつづけられて来たが、手本とされたのは『古今集』(まれに『新古今集』)であって、『万葉集』ではなかった。歌人や連歌師たちの必読書としては、一口に万葉・古今・伊勢・源氏と教えられたが、そのうち万葉だけは、彼らの精読書ではなかったし、また彼らにとって『万葉集』の世界は一種エキゾチックな感じの伴う遠い異郷であった。

 契沖が『万葉集代匠記』の注釈作業を思い立ったとき、それは人々から忘れ去られていたものを再発見することであった。国学の勃興は『万葉集』の再発見に始まったが、それは人々が『万葉集』の歌を通して、日本の古代生活にもう一度めぐり合い、その豊かな言葉の世界によって生き生きとそのイメージを蘇らせ、記紀その他の古典のリヴァイヴァルを果しえたということなのである。

 だがそれがあまねく日本人の教養となったのは、正岡子規の万葉調短歌の唱導以来、アララギ派の歌人たち、すなわち伊藤佐千夫、島木赤彦、斎藤茂吉らの精力的な啓蒙運動によるところが大きいのである。もちろん彼らは学者ではないし、作歌上の動機にうながされて、繰り返し『万葉集』を精読し、その声調を讃嘆し、作者の心の集中をそこに見出し、「歌を作(な)すほどの人は、誰でも万葉集の心に始終すればいい」(赤彦)とさえ言ったのである。だがそれは、歌を作る者の座右の書となったばかりではなかった。歌も作らないし、歌というものにさして興味を抱いていない人たちにも、『万葉集』は拒みがたい魅力を発揮し、あたかもそこに魂の故郷があるかのようななつかしさを、人々に感じさせたのだ。

~山本憲吉著『万葉秀歌鑑賞』から引用

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