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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2115~2119

訓読

2115
手に取れば袖(そで)さへにほふ女郎花(をみなへし)この白露(しらつゆ)に散らまく惜しも
2116
白露(しらつゆ)に争ひかねて咲ける萩(はぎ)散らば惜しけむ雨な降りそね
2117
娘女(をとめ)らに行き逢ひの早稲(わせ)を刈る時になりにけらしも萩(はぎ)の花咲く
2118
朝霧(あさぎり)のたなびく小野(をの)の萩(はぎ)の花(はな)今か散るらむいまだ飽(あ)かなくに
2119
恋しくは形見(かたみ)にせよと我(わ)が背子(せこ)が植ゑし秋萩(あきはぎ)花咲きにけり

意味

〈2115〉
 手に取れば袖までも染まるような美しい女郎花(おみなえし)が、この白露で散ってしまうのは惜しいことだ。
〈2116〉
 早く咲けとばかりに降りてきた白露に逆らえず咲いた萩、この萩が散ったら惜しいだろう。雨よ降らないでおくれ。
〈2117〉
 娘子らに行き違う道端に作ってある早稲を刈る時季がやってきたようだ。萩の花も咲いている。
〈2118〉
 朝霧がたなびく野に咲いている萩の花は、今はもう散っているだろうか。まだ見飽きてはいないのに。
〈2119〉
 恋しくなったら形見にせよと言って、あの人が植えた秋萩の花が咲きました。

鑑賞

 作者未詳の「花を詠む」歌5首。2115の「袖さへにほふ」は、手はもとより袖までも美しく染まる。「女郎花」は、秋の七草のひとつに数えられ、小さな黄色い花が集まった房と、枝まで黄色に染まった姿が特徴。『万葉集』の時代にはまだ「女郎花」の字はあてられておらず、「姫押」「姫部志」「佳人部志」などと書かれていました。いずれも美しい女性を想起させるもので、「姫押」は「美人(姫)を圧倒する(押)ほど美しい」意を語源とする説があります。『万葉集』でこの花を詠んだ歌は14首あります。「白露(しらつゆ)」は、漢語「白露」の翻読語。「散らまく」は「散らむ」のク語法で名詞形。

 
2116の「白露に争ひかねて」は、当時、露は花を咲かせようとし、萩の花は咲くまいと争うと感じられていたことによる表現。「かねて」は、〜しきれず、の意。「惜しけむ」の「けむ」は、過去の事柄についての推量。~ただろう、~たのだろう。「雨な降りそね」の「な~そね」は、懇願的な禁止。折悪しく降る雨に、咲いたばかりの萩の花が散るのを惜しんでおり、自然の一瞬の美を前にした愛惜の念が、率直かつ静かに表現されている歌です。一方で、萩は『万葉集』において、しばしば女性や恋の対象を象徴する花であり、その観点から見ると、白露は、他者の視線、外的要因、あるいは避けがたい移ろい、雨は、関係を壊す出来事、別離、世評と読むこともできます。その場合、この歌は、かろうじて保たれている美しい関係が壊れてしまうことへの危惧と、それを食い止めたいという切実な願いを、自然詠に託したものと理解できます。

 
2117の「娘子らに」の「ら」は親愛を示す接尾語で、「行き逢ひ」と続く枕詞。「行き逢ひ」は、人の行き違う所で、道を言い換えたもの。ほかに地名とする説、あるいは夏と秋の行き合う頃とする説などがあります。「早稲」は早く実る稲。「なりにけらしも」は、完了・推量・詠嘆を含む複合的な表現。「いつの間にかその時期になったのだなあ」という感慨がこもっています。「萩の花咲く」の結句で、視覚的にも情緒的にも季節感を確定させています。また、『万葉集』において、「娘女」「行き逢ふ」という語は、しばしば恋の予感や関心を含んで用いられます。ここでも、単なる農村風景の描写にとどまらず、早稲刈りという共同作業の場、そこに集う若い娘たち、偶然の出会いへの期待感といった要素が重なり、作者の内面にある軽やかな高揚感が読み取れる歌となっています。

 
2118の「小野」は、人里の野。「今か散るらむ」の「か」は疑問、「らむ」は現在推量。「いまだ飽かなくに」の「飽かなく」は「飽かぬ」のク語法で名詞形。作者は花そのものを直接見るのではなく、霧によって遮られた視界を通して萩を思うことで、花の存在をいっそう儚いものとして捉えています。また、萩を恋の対象や親しい人に見立てる解釈も可能であり、「朝霧」を距離、隔たり、事情により直接会えない状況、「今か散るらむ」を、関係の終焉への不安、「いまだ飽かなくに」を、なお深い愛着が残っている心情と読むと、この歌は、相手の変化や離別を予感しつつ、それを引き留めることのできない切なさを、自然詠に仮託したものと理解できます。

 
2119の「恋しくは」は、恋しく思ったならば。「形見」は、離れている人を思い出すよすがとなるもの。植物を人を偲ぶ形見として庭に植えることは多かったようで、巻第3-464、巻第8-1471、巻第11-2484などに類想歌があります。「けり」は、気づきの詠嘆の助動詞。夫を遠い旅にやって、家に残っている妻の心の歌とされます。萩の開花は、単なる季節の到来ではなく、夫の不在を際立たせる契機として描かれており、寂しさや悲しみを直接語らず、花が咲いたという事実のみを詠嘆することで、かえって深い感情が読者に委ねられています。
 


『万葉集』クイズ

 次の歌の作者は誰?

  1. わが行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にあらぬかも
  2. 恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くしてよ長くと思はば
  3. 大橋の頭に家あらばま悲しく独り行く児に宿貸さましを
  4. あしひきの山のしづくに妹待つとわれ立ち濡れぬ山のしづくに
  5. 君が行き日長くなり山たづね迎へ行かむ待ちにか待たむ
  6. 丈夫や片恋ひせむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり
  7. わが里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後
  8. 吾はもや安見児得たり皆人の得がてにすとふ安見児得たり
  9. 近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ
  10. 士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして


【解答】
1.大伴旅人 2.大伴坂上郎女 3.高橋虫麻呂 4.大津皇子 5.磐姫皇后 6.舎人皇子 7.天武天皇 8.藤原鎌足 9.柿本人麻呂 10.山上憶良

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