| 訓読 |
2120
秋萩(あきはぎ)に恋(こひ)尽(つく)さじと思へどもしゑや惜(あたら)しまたも逢はめやも
2121
秋風は日に異(け)に吹きぬ高円(たかまと)の野辺(のへ)の秋萩(あきはぎ)散らまく惜しも
2122
ますらをの心はなしに秋萩(あきはぎ)の恋のみにやもなづみてありなむ
2123
我(あ)が待ちし秋は来(きた)りぬしかれども萩(はぎ)の花ぞもいまだ咲かずける
| 意味 |
〈2120〉
秋萩に心を尽くすまいと思うけれど、ああ惜しいことだ。こんな美しい花に二度と出逢えようか、出逢えはしない。
〈2121〉
秋風が日増しに吹きつのる高円の野辺に、咲いている萩が散るのは惜しいことだ。
〈2122〉
立派な男子の雄々しい心をなくしてしまい、秋萩を恋しく思うことばかりに執着していてよいものか。
〈2123〉
私が待っていた秋はやってきたけれども、萩の花はまだ咲こうとしない。
| 鑑賞 |
作者未詳の「花を詠む」歌4首。2120の「しゑや」は、捨てばちな気持をあらわす感動詞。ああ、ええいままよ。「あたらし」は、惜しい、愛惜の情が切である。「逢はめやも」の「やも」は、反語。秋萩に寄せる恋心を、もうこれ以上深めまいと思いながらも、再び会えないかもしれないと思うと、どうしても惜しく感じてしまう心の揺れを詠んだものですが、秋萩を恋の相手に見立てた比喩歌と読むと、主題は明確になります。すなわち、別れが避けられない状況にあり、理性では執着を断とうとするが、感情はなお相手を求めている。「またも逢はめやも」という反語は、再会の望みがきわめて薄いことを前提としており、その希薄さが「惜し」という感情を強く喚起しています。秋萩歌群の中でも、自然描写を最小限に抑え、恋の心理そのものを前面に押し出した一首です。
2121の「日に異に」は、日増しに、日ごとに変わって。「高円山」は、奈良の春日山と地獄谷を挟んで南方の462mの山。聖武天皇の時代には、狩りが行われたり、季節の野遊びが行われていました。「野辺」は、野原、野のあたり。「散らまく」は「散る」のク語法で名詞形。「惜しも」の「も」は、詠嘆。日ごとに強まる秋風を感じながら、高円の野辺に咲く秋萩がやがて散ってしまうことを惜しむ心情を詠んだものですが、秋萩を恋人に見立てる解釈も成り立ちます。すなわち、「秋風」を、時の流れ、外的事情、別離を促す力、「散らまく」を、関係の終焉、「惜し」を、なお断ち切れない愛着と読むと、この歌は、避けがたい別れを前にした静かな諦念と愛惜を自然詠に託したものと理解できます。
2122の「ますらを」は、勇敢で剛健な男子。「心はなしに」は、心を失って。「恋のみにやも」の「や」は、疑問の係助詞で反語。「なづみて」は、拘って、執着して、難渋して、の意。「ありなむ」は上の「やも」の結びの連体形で、執着しているべきであろうか、いるべきではない。この歌は、本来あるべき「ますらをの心」を失い、秋萩に寄せる恋心だけに囚われ、そこから抜け出せずにいる自分自身を詠嘆するもので、主題は、男としての矜持と恋情との葛藤です。秋萩を恋の対象に見立てると、この歌は、本来は断ち切るべき恋あるいは理性では執着すまいと分かっている関係に、なお心が縛られている状態を表しています。「ますらをの心はなしに」の冒頭句は、自己批判的であり、同時に恋に沈む自分を正当化するかのような響きも持っています。
2123の「萩の花ぞも」の「ぞ」は係助詞による強調、「も」は詠嘆の助詞。「咲かずける」の「ける」は「けり」の連体形で「ぞ」の結び。待ち望んでいた秋はすでに訪れているのに、その象徴である萩の花がまだ咲いていないことへの違和感と落胆を詠んだものです。一方、萩を恋の相手に見立てると、秋の到来は、逢うべき時機、状況の整った時機、萩が咲かないのは、相手の心はまだ開かれていない、という読みも可能です。この場合、この歌は、機は熟したと思いながらも、肝心の相手からの応答が得られないという、恋のもどかしさを自然詠に託したものと理解できます。
萩を歌った歌は万葉集中140首余りあり、当時の人々にとってもっとも身近な花だったことがうかがえます。また、2123の「我が待ちし秋は来たりぬ」とあるように、古来、実りの秋、紅葉の秋は、日本人が最も愛する季節だったらしく、『万葉集』の季節歌の中でも、秋の歌が最も多く詠まれています。

『万葉集』に詠まれた植物
1位 萩 142首
2位 こうぞ・麻 138首
3位 梅 119首
4位 ひおうぎ 79首
5位 松 77首
6位 藻 74首
7位 橘 69首
8位 稲 57首
9位 すげ・すが 49首
9位 あし 49首
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『万葉集』クイズ
それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.つき(月) 2.なみ(波) 3.こと(言) 4.くも(雲) 5.よぶこどり(呼子鳥) 6.ひめゆり(姫百合) 7.ゆき(雪) 8.すだれ 9.しほ(潮) 10.がき(餓鬼)
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