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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2143~2147

訓読

2143
君に恋ひうらぶれ居(を)れば敷(しき)の野の秋萩(あきはぎ)しのぎさを鹿(しか)鳴くも
2144
雁(かり)は来ぬ萩(はぎ)は散りぬとさを鹿の鳴くなる声もうらぶれにけり
2145
秋萩(あきはぎ)の恋も尽きねばさを鹿の声い継(つ)ぎい継(つ)ぎ恋こそまされ
2146
山近く家や居(を)るべきさを鹿の声を聞きつつ寐寝(いね)かてぬかも
2147
山の辺(へ)にい行く猟夫(さつを)は多かれど山にも野にもさを鹿(しか)鳴くも

意味

〈2143〉
 あの方に恋い焦がれて侘びしい思いでいると、敷の野の萩を押し分けて、牡鹿が妻恋いをして鳴いている。
〈2144〉
 雁はやってきて、萩は散ってしまったと、牡鹿の鳴く声も侘しくなってきたことだ。
〈2145〉
 秋萩への恋しい思いがまだ尽きないのに、牡鹿の妻を呼ぶ声が次々と聞こえてくるので、私の恋心はつのる一方だ。
〈2146〉
 山の近くの家に住むものではない。妻を呼ぶ牡鹿の声が夜通し聞こえて、とても眠れたものではない。
〈2147〉
 山の辺に行く猟師は多くて恐ろしいものだが、それでも妻恋しさに、牡鹿があんなに鳴いている。

鑑賞

 作者未詳の「鹿鳴を詠む」歌5首。鹿鳴は、秋の代表的景物の一つ。2143の「うらぶれ」は、侘しく思い、悲しみに沈み。「敷の野」は、所在未詳。「秋萩しのぎ」は、秋萩を押し分けて。夫を恋うている女が、住んでいる敷の野を見ると、自分とは反対に、牡鹿がその妻を恋うてさまよい鳴いているというので、恋に沈む個人的感情を率直に提示し、それに秋の野の鹿の声を対照させ、人事と自然が緊密に結びついた抒情歌となっています。この時代には、人々の身近に棲む野生動物は、現在よりも遥かに多かったはずで、中でも秋に牝鹿を求めて鳴く牡鹿の声は印象的だったようです。鹿の声を題材にした歌は、たくさん作られています。

 
2144の上2句は、晩秋から初冬の代表的な渡り鳥である雁がやって来ると、萩は散ると言われているので、その関係を言ったもの。また、萩は牡鹿の妻であると見ています。「うらぶれにけり」の「うらぶれ」は、侘しく思い、悲しみに沈み。「けり」は、気づきの助動詞。この歌は、雁の飛来、萩の散華、鹿の鳴き声、という三つの秋の景物を段階的に重ねる構成を取っています。いずれも秋を象徴する典型的な自然要素ですが、作者はそれらを単なる列挙に終わらせず、最後に「うらぶれにけり」という情感の総括を置くことで、外界の変化がそのまま内面的な寂寥感へと収斂していく構造を作り出しています。窪田空穂は、「単純な形の歌であるが、恋のあわれを通じて、時の推移するさみしい気分が現れている」と評し、伊藤博も、この歌を出色としています。

 
2145の「秋萩の恋も尽きねば」は、秋萩に対する我が恋も尽きないのに。「声い継ぎい継ぎ」の「い」は接頭語で、鳴き声が途切れず、繰り返し続くさま。「恋こそまされ」は、恋心が増すばかりだ。「こそ」による係り結びによって、感情の高まりを力強く結句に据えています。自身の恋を主としたもので、牡鹿が妻を追慕して悲しみ鳴くと、それに刺激されてますます恋が増さると言っており、窪田空穂は、「声い継ぎい継ぎ恋ひこそ」の語続きが巧みと評しています。

 
2146の「山近く」は、山に近い場所を指すと同時に、鹿の生息域と生活場所の近いことを言っています。「家や居るべき」の「や」は反語の係助詞で、(こんなに鹿の声が聞こえるところに)家を構えるべきだろうか、いや、そうではない、の意。「寐寝かてぬかも」の「かてぬ」は、不可能を表す語。「かも」は、詠嘆。自然音である鹿の声が、恋や孤独の象徴として機能しており、妻を求めて鳴くその声の切なさが、作者の内面の寂しさや人恋しさを刺激し、「寐寝かてぬかも」という実感的な結句へと導かれています。

 
2147の「山の辺」は、山のふもと、あるいは山沿いの地帯。「い行く」の「い」は接頭語。「猟夫」は、猟師。「山にも野にもさを鹿鳴くも」の「も」は、詠嘆。山野には猟師が多く、鹿にとっては危険であるのに、それでも牡鹿は鳴いている、すなわち、危険を冒しても、恋に一途に生きる生き方を詠んだ歌です。斉藤茂吉によれば、「西洋的にいうと、恋の盲目とでもいうところであろうか。そのあわれが声調のうえに出ている点がよく、第三句で、『多かれど』と感慨をこめている。結句の、『鳴くも』の如きは万葉に甚だ多い例だが、古今集以後、この『も』を段々嫌って少なくなったが、こう簡潔につめていうから、感傷の厭味に陥らぬともいうことが出来る」。
 


『万葉集』に詠まれた動物

1位 馬 88首
2位 鹿 63首
3位 猪(しし) 15首
4位 鯨魚・勇魚(いさな) 12首
5位 牛 4首
6位 むささび 3首
6位 犬 3首

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伊藤博と『万葉集』

 万葉学における伊藤博(いとう はく:1925~2003年)は、戦後の『万葉集』研究において画期的な金字塔を打ち立てた偉大な万葉学者です。単に一首ごとの言葉を注釈するにとどまらず、「歌群」や「配列」の文脈から『万葉集』全体の構造と物語性を捉え直した点で、近代以降の万葉学史に極めて大きな足跡を残しました。伊藤博の万葉研究における主要な業績と特徴は以下の通りです。

  1. 全首釈注の金字塔『萬葉集釋注』
     師である澤瀉久孝(おもだか ひさたか)博士の『萬葉集注釋』以来、約40年ぶりに個人として『万葉集』全20巻・4500余首の全歌に詳細な注釈を施した大著『萬葉集釋注』(集英社・全10巻/文庫版など)を完結させました。 斎藤茂吉短歌文学賞を受賞(2000年) 伝統的な語釈・校訂の正確さを基盤にしつつ、歌の背景にある人間ドラマや情念の動きまでを端正かつドラマチックな文章で解き明かしており、専門家から一般の万葉ファンまで幅広く愛読されています。
  2. 独自の研究手法「歌群論」と「生体としての万葉集」
     伊藤学説の最大の特徴は、「万葉集は単なる歌のアンソロジー(集録)ではなく、緻密に構成された一つの大きな構造体である」と捉えた点にあります。一首を単体で切断して鑑賞するのではなく、前後にある歌との繋がりや配列の意図(「なぜこの歌がこの順番で並んでいるのか」)を徹底的に追及しました。歌の配列を読み解くことで、額田王や宮廷の歌人たち、さらには大伴家持が編纂において込めた隠された意図や人間関係の葛藤(物語)を立体的に浮き彫りにしました。
  3. 手軽に親しめる著書(文庫・選書)
     研究者向けの専門書(『古代和歌史研究』全8巻など)だけでなく、一般読者が万葉集の魅力に触れられる注釈文庫の監修・執筆も数多く手がけています。『新版 万葉集 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫・全4巻)は、現在最も手に入りやすく、かつ学術的信頼度が高い文庫版万葉集の一つです。わかりやすい現代語訳と的確な解説が付されています。 『萬葉集』(角川文庫・上下巻)は、「新編国歌大観」に準拠したテキストで、長年万葉学習者の標準テキストとして親しまれました。
古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。