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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2163~2167

訓読

2163
草枕(くさまくら)旅に物思(ものも)ひ我(わ)が聞けば夕(ゆふ)かたまけて鳴くかはづかも
2164
瀬を早み落ちたぎちたる白波(しらなみ)にかはづ鳴くなり朝夕(あさよひ)ごとに
2165
上(かみ)つ瀬にかはづ妻呼ぶ夕(ゆふ)されば衣手(ころもで)寒(さむ)み妻まかむとか
2166
妹(いも)が手を取石(とろし)の池の波の間(ま)ゆ鳥が音(ね)異(け)に鳴く秋過ぎぬらし
2167
秋の野の尾花(をばな)が末(うれ)に鳴くもずの声聞きけむか片聞(かたき)け我妹(わぎも)

意味

〈2163〉
 旅先で物思いをしながら耳を澄ませていると、夕方が近づいたとばかりに、カジカガエルの鳴く声が聞こえてきた。
〈2164〉
 川の瀬が早いので、流れ落ちて湧き立つ白波の中に、カジカガエルが鳴いている、朝夕ごとに。
〈2165〉
 上流の瀬で、カジカガエルが妻を呼んで鳴いている。夕方になると衣の袖のあたりが寒いので、妻と共寝しようというのだろうか。
〈2166〉
 妻の手を取るという取石(とろし)の池の波間から、水鳥がいつもと違う声で鳴いている。秋が深まったようだ。
〈2167〉
 秋の野の尾花の穂先で鳴くモズの声を聞いただろうか、よく聞いてごらん、わが妻よ。

鑑賞

 作者未詳歌5首。2163~2165は「蛙(かはず)を詠む」歌5首。「蛙」は、カジカガエル。夏から秋にかけて美しい声で鳴きます。2163の「草枕」は「旅」の枕詞。「旅に物思ひ」は、旅の途上で物思いに沈んでいる状態で、孤独感や郷愁が含意されます。「夕かたまけて」は、夕方が近づいたとばかりに、夕方を待ち受けて。「鳴くかはづかも」は、蛙が鳴いていることへの詠嘆。主題は旅の孤独と自然の声との共鳴であり、旅にあって物思いに沈む作者が、夕暮れ時に蛙の鳴き声を耳にし、その声は、旅の寂しさを慰め、また心情をいっそう深めるものとなっています。

 
2164の「瀬を早み」の「早み」は「早し」のミ語法で、瀬が速いので。「落ちたぎちたる」の「たぎつ」は、水がほとばしり流れる意。本歌の主題は、荒々しい自然環境の中に息づく生命の持続であり、自然の動勢そのものを前面に押し出しています。瀬の流れが速く、白波が激しく立つ場所であっても、朝夕ごとに変わらず鳴いている蛙の姿は、自然の厳しさと生命のたくましさとを同時に示しています。

 
2165の「上つ瀬」は、川の上流の瀬を指す語で、水音の高い、清冽な場所を想起させます。「夕されば」は、夕方になると。「衣手寒み」は、衣の袖が寒いので。「妻まかむとか」は、妻と共寝しようというのか。「まく」は枕にする意で、「妻まく」は妻と手枕を交わして寝ることをいいます。清流の瀬、夕暮れの冷気、蛙の鳴き声という具体的な自然要素を通じて、季節の深まりと恋の衝動とを静かに結びつけた、叙情性の高い一首となっています。

 2166・2167は「鳥を詠む」歌。
2166の「妹が手を」は、取ると続き、「取石」にかかる枕詞。集中に類の多い即興的枕詞です。「取石の池」は、大阪府高石市の東部にあった池。「波の間ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す副助詞。水面に立つ波の合間を縫って響く鳥の声を表します。「鳥」は、水鳥。「異に鳴く」は、いつもと違う声で鳴く。「秋過ぎぬらし」の「ぬらし」は、完了・推量で、「秋がもう過ぎてしまったらしい」という、遅れて気づく感慨を表しています。鳥の姿は見えず、声だけ聞こえた心の歌と見えます。

 
2167の「尾花」は、秋の七草の一つであるススキの花穂。「末」は、先端。「もず」は、多くの獲物を集めることから物集(もず)と名付けられ、また、時に他の鳥のような鳴まねをするため「百舌」の字があてられたといいます。「声聞きけむか」の「けむ」は過去推量で、その声を聞いただろうかと、相手に問いかけたもの。「片聞け」は、ひたすら聞け。「片聞く我妹」と訓んで、ろくに耳に入れない我が妻は、のように解するものもあります。
 


『万葉集』に詠まれた蛙

 『万葉集』において「蛙」は「かはづ(かわず)」と詠まれ、現代の私たちがイメージするカエル(特にアマガエルやトノサマカエルなど)とは少し異なり、主に清流に生息するカジカガエルを指していたとされています。現代の感覚だと「カエルの鳴き声=梅雨時期の賑やかな大合唱(ゲコゲコ)」を連想しがちですが、『万葉集』の時代はまったく異なります。

 カジカガエルは「フィフィフィ・・・」と鳥のように美しい声で鳴くため、万葉人はその鳴き声を深く愛し、風流な秋の季物(※のちに春の季語へと移り変わります)として歌に詠み込みました。また、蛙が鳴くということは、そこが濁りのない美しい川である証拠でした。そのため、美しい風景を美賛する歌に頻繁に登場します。

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万葉集ゆかりの地(大阪府)

  • あられ松原
    「霰打つ安良礼松原住吉の弟日娘と見れど飽かぬかも」(巻第1-65)
    所在未詳。大阪市住之江区安立(あんりゅう)付近か。
  • 河内の大橋
    「大橋の頭に家あらばま悲しく独り行く児に宿貸さましを」(巻第9-1743)
    片足羽川(かたしはがわ)に架かっていた橋。「片足羽川」は、大和川が龍田から河内へ流れ出たあたりの名か。
  • 草香
    「草香江の入江にあさる蘆鶴のあなたづたづし友なしにして」(巻第4-575)
    東大阪市日下町あたり、生駒山西麓一帯の地。
  • 住吉
    「住吉の浅沢小野の杜若衣に摺りつけ着む日知らずも」(巻第7-1361)
    大阪市住吉区を中心とした一帯の地。万葉の時代には、「住吉」は「スミノエ」と訓まれ、「墨吉」「住之江」「墨江」「清江」などとも表記されました。地名の起源は、『摂津国風土記』に「住吉大神が住むべき国を探していた際、当地に至って『真住み吉し』として社地を定めたという故事による」とされています。中心部に、航海の守護神の住吉大社、そのすぐ西に「住吉の津」があり、遣隋使や遣唐使が出入りする玄関口になっていました。
  • 高師の浜
    「大伴の高石の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ」(巻第1-66)
    高石市高師浜から堺市浜寺公園にかけての海浜。
  • 取石(とろし)の池
    「妹が手を取石の池の波の間ゆ鳥が音異に鳴く秋過ぎぬらし」(巻第10-2166)
    高石市の南西部、旧泉北郡取石村付近にあった池。
  • 吹飯(ふけひ)の浜
    「時つ風吹飯の浜に出で居つつ贖ふ命は妹がためこそ」(巻第12-3201)
    泉南郡岬町深日の海岸。当時は紀伊国へ抜けるための交通の要衝であり、航海の安全を祈る場所でもありました。
 
古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。