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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2173~2177

訓読

2173
白露(しらつゆ)を取らば消(け)ぬべしいざ子ども露に競(きほ)ひて萩の遊びせむ
2174
秋田(あきた)刈る仮廬(かりほ)を作り我(わ)が居(を)れば衣手(ころもで)寒く露(つゆ)ぞ置きにける
2175
このころの秋風(あきかぜ)寒し萩の花散らす白露(しらつゆ)置きにけらしも
2176
秋田(あきた)刈る苫手(とまで)動くなり白露(しらつゆ)し置く穂田(ほだ)なしと告げに来(き)ぬらし
2177
春は萌(も)え夏は緑に紅(くれなゐ)のまだらに見ゆる秋の山かも

意味

〈2173〉
 白露を手に取ったなら消えてしまうだろう。さあみんな、露と競って萩に親しみ、宴を開こうではないか。
〈2174〉
 秋の田を刈るための仮小屋を作って、私がそこにいると、着物の袖に寒く露が置いたことだ。
〈2175〉
 このごろの秋風は寒い。萩の花を散らす白露がもう置いたらしい。
〈2176〉
 稲穂を刈り終えたら、私が寝泊まりしている仮小屋の覆いが秋風に揺れている。まるで、白露が、身を置く稲穂がないではないかと告げにきたように。
〈2177〉
 春は萌え、夏は緑に、そして今、紅がまだらに見える秋の山です。

鑑賞

 作者未詳歌5首。2173~2176は「露を詠む」歌。2173の「いざ子ども」は、年下または目下の者たちに呼びかける慣用句。「取らば消ぬべし」は、取ろうとすれば消えてしまうだろう、の意で、露の無常性を端的に表しています。「露に競ひて」の「競ふ」は、抵抗する、争う、の意。「萩の遊び」は、萩の花を愛でるための宴。白露も秋萩も、秋の代表的な風物であり、男女に擬せられる萩(女)と露(男)の関係を踏まえ、我々も露と競って、萩の花を見て楽しむ酒宴を開こうと言ってる歌です。白露の無常を知りつつ、それを悲しまず、今この瞬間の自然を楽しみ尽くそうとする万葉的精神を、明るく開放的に表現した一首といえます。

 
2174の「仮廬」は、収穫のために田のそばに仮に設けた小屋。上代の氏族は、住居と耕作する田(田庄)は遠いのが普通だったといい、秋の収穫のため、日常の住居から離れ住んで刈り入れを行っていたことが分かります。「衣手」は、衣服の袖。この歌は、鎌倉時代の『新古今和歌集』の「秋歌」に「題知らず、よみ人知らず」として「秋田守る仮廬つくりわがおれば衣手さむし露ぞ置きける」と少し変えて収められており、さらに、藤原定家による『小倉百人一首』の冒頭に、天智天皇の作として「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ」の歌が収められており、この歌の改作であろうとされます。晩秋の農作業にいそしむ静寂な田園風景を詠んだ歌ですが、まことに数奇な運命をたどった歌であり、定家がこの歌の作者を天智天皇としたのには、どのようないきさつと判断があったのでしょうか。

 
2175の「白露(しらつゆ)」は、漢語「白露」の翻読語で、白く光って見える露。「置きにけらしも」の「けらしも」は「けるらしも」の意で、上2句を根拠としての推定。「寒し」という身体感覚と、「萩の花散らす」という視覚的表現が重なり、秋の気配を総合的に描いている一首です。自然の変化を直接原因づけず、感覚の連なりとして捉えている点に特徴があります。

 
2176の「苫手」の「苫」は、菅(すげ)や茅(かや)を編んで小屋を覆うもの。「手」は端っこのこと。「動くなり」は、動いているようだ、という目撃にもとづく断定。「白露し」の「し」は、強意の副助詞。「置く穂田なし」は、田の刈り取りがすべて終わり、もう露の置く稲穂がない、の意。「告げに来ぬらし」は、知らせに来たらしい、という擬人的表現。この歌は、自然と人の営みがせめぎ合い、やがて自然が一歩退く瞬間をとらえた点に魅力があり、万葉人の時間感覚と労働観を知るうえでも、味わい深い一首となっています。

 
2177は「山を詠む」歌。「萌え」は、草木が芽吹くこと。「緑に」は、青々と繁った夏山の姿。「紅の」は、紅葉の赤。「まだら」の原文「綵色」で、シミイロと訓み、初め色の意とするものもあります。「秋の山かも」の「かも」は、詠嘆の終助詞。一首中に、春から夏、そして秋へと、一年のうちの三季の移ろいを網羅的に詠んだ歌であり、作者の眼前にあるのは紅がまばらに見える秋の山です。過ぎた季節を回想しており、迎える冬の寂寥たる山の色も脳裏にあったかもしれません。
 


白露(しらつゆ)

 『万葉集』では秋雑歌に集中して詠まれている語で、葉の上に置いた露が白く見えることからいう。「露」の歌語的表現で、「消ゆ」「起く」などを引き出す序詞に用いられることが多く、はかなさの象徴となっている。また「知ら」に掛けて用いることもある。もともと「しらつゆ」は、漢籍の「白露」によることも指摘されている。

 「白露(はくろ)」は二十四気の1つでもあり、立秋から30日目をさす。太陽暦の9月7日ごろで、それからの15日間、すなわち8月節をもいう。夜中に大気が冷え、草花や木々に美しい朝露が宿りはじめる時期の意。

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藤原定家(ふじわらのていか)

 鎌倉初期の歌人・歌学者(1162~1241年)。名は「さだいえ」とも。俊成の子。父のあとを継いで有心(うしん)体の象徴的歌風を確立し、歌壇の指導者として活躍。「新古今和歌集」の撰者の一人。のち「新勅撰和歌集」を撰し、「源氏物語」などの古典の校訂・研究者としてもすぐれた業績を残した。家集「拾遺愚草」、歌論書「近代秀歌」「毎月抄」「詠歌大概」、日記「明月記」などがある。
 


(藤原定家)

古典に親しむ

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