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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2178~2182

訓読

2178
妻ごもる矢野(やの)の神山(かみやま)露霜(つゆしも)ににほひそめたり散らまく惜(を)しも
2179
朝露(あさつゆ)ににほひそめたる秋山にしぐれな降りそありわたるがね
2180
九月(ながつき)の時雨(しぐれ)の雨に濡れとほり春日の山は色づきにけり
2181
雁(かり)が音(ね)の寒き朝明(あさけ)の露(つゆ)ならし春日の山をもみたすものは
2182
このころの暁露(あかときつゆ)に我(わ)がやどの萩の下葉(したば)は色づきにけり

意味

〈2178〉
 矢野にある神山が露霜に当たってすっかり色づき始めた。やがて散っていくのが惜しいことだ。
〈2179〉
 朝露に濡れて色づき始めた秋山に、時雨は降らないでほしい、このままずっと続いてほしいから。
〈2180〉
 九月の時雨にすっかり濡れ通り、春日山はすっかり色づいたことだ。
〈2181〉
 雁の声の冷たい明け方に降った露に違いない、あのように春日山を美しく色づけたのは。
〈2182〉
 ここのところの明け方の露のせいで、我が家の萩の下葉はすっかり色づいてきた。

鑑賞

 2178・2179は、『柿本人麻呂歌集』から「黄葉(もみち)を詠む」歌2首で、連作とされます。現代では「紅葉」と書くのが一般的ですが、『万葉集』の表記で「紅葉」とあるのは1例(巻第10-2201)のみで、76例は「黄葉」と書かれています。「毛美知」のような一字一音の仮名の場合は別として、赤系統は紅葉1、赤葉1,赤2の4例だけで、黄系統は黄葉76のほか黄変6、黄3、黄色2、黄反1の計88例もあります。これは、古代には黄色く変色する植物が多かったということではなく、中国文学に倣った書き方だと考えられていますが、当時は、赤・黄に拘わらず、秋になって木々の葉が変色するのを共に称したのかもしれません。また、発音は「もみじ」ではなく「もみち」と濁らなかったようで、葉が紅や黄に変色する意味の動詞「もみつ」から生まれた名だといいます。

 
2178の「妻こもる」は、妻と共にこもる屋の意で「矢野」にかかる枕詞。「矢野の神山」は所在未詳ながら、島根県出雲市の矢野神社ではないかとする説があります。「神山」は、神として祭る山、あるいは神のいます山の意か。「露霜」は、露と霜、または露が凍って霜のようになったもので、冷え冷えとした露を表現する歌語。「にほひそめたり」は、色づき始めた。「散らまく」は「散らむ」のク語法で名詞形。「神山」という聖なる存在に、「妻ごもる」という人間的・情愛的な枕詞を重ねることで、山の美に柔らかな温もりが加えられています。そして、その美が完成する前から、すでに「散らまく惜し」と感じる心情に、万葉人の繊細な自然観が表れています。

 
2179の「しぐれ」は、晩秋から初冬にかけて降るにわか雨。「な降りそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。「ありわたる」は、存在し続ける。「がね」は、してほしい。朝露によって美しさを増し始めた紅葉を、切実な願いとして詠んだ一首です。鮮やかさを帯びた秋山に、時雨が降れば、葉は散り、景色は一変してしまいます。その危うさを感じ取った作者の心が、直接的な呼びかけとなって表れています。また、完成した紅葉ではなく、「にほひそめたる」段階を愛でる点に、万葉人の美意識が顕著です。

 2180~2182は、作者未詳の「黄葉を詠む」歌。
2180の「九月」は陰暦の9月で、晩秋にあたります。「時雨の雨」は、晩秋から初冬にかけて降る通り雨。「濡れとほり」は、すっかり濡れること。山全体に雨が行き渡るさま。「春日の山」は、奈良盆地の東部にあり、その原始林は、古来、神域として保護され、今では世界遺産となっています。「色づきにけり」の「色づく」は秋を示す季節語で、多くの用例があります。「けり」は、気づきと詠嘆の助動詞。

 
2181の「雁がね」は、雁の鳴き声。「朝明」は、明け方、暁に続く日の出前の一時。「露ならし」の「ならし」は「なるらし」の約で、露であるのだろう。「もみたす」は、木の葉を紅葉させる意。時雨・露・雁という晩秋の自然要素を集約し、紅葉完成の理由を静かに問いかけている歌です。

 
2182の「暁露」は、夜明け近くに置く露。「やど」は、庭先、家の敷地。「下葉」は、株元に近い葉で、上の葉よりも早く色づきます。「色づきにけり」は、色づいてしまったことだ、という発見と詠嘆。前歌までに詠まれてきた山の紅葉から視点を移し、身近な庭の萩に秋の深まりを見いだしています。春日の山のような大きな自然から、「我がやどの萩」という私的空間へと移ることで、秋がより身近なものとして感じられます。
 


万葉仮名

 『万葉集』には、和歌だけでなく、分類名・作者名・題詞・訓注・左注などが記載されていますが、和歌以外の部分はほとんどが漢文体となっています。これに対して和歌の表記には、漢字の本質的な用法である表意文字としての機能と、その字音のみを表示する表音文字としての機能が使われており、後者の用法を「万葉仮名」と呼びます。漢字本来の意味とは関係なく、その字音・字訓だけを用いて、ひらがな・カタカナ以前の日本語を書き表した文字であり、『万葉集』にもっとも多くの種類が見られるため「万葉仮名」と呼ばれます。

 当時の日本にはまだ固有の文字がなかったため、中国の漢字が表記に用いられたわけです。たとえば、伊能知(=いのち・命)、於保美也(=おほみや・大宮)、千羽八振(=ちはやぶる・神の枕詞)などのように、漢字そのものに意味はなく、単にかなとして用いられます。むろん、漢字の意味どおりに用いられる場合もあります。ちなみに、巻第8-1418番の志貴皇子の歌は、原文では次のように書かれています。

 石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨
 ・・・石(いは)走る 垂水の上の さわらびの 萌え出(い)ずる春に なりにけるかも

 また、奈良時代の音節数は、清音60(古事記・万葉集巻第5は61)・濁音27だったことが分かっています。たとえばア行のえ(e)とヤ行のえ(ye)、ず(zu)とづ(du)などは区別されており、そのため現代語の清音44・濁音18に比べてはるかに多くありました。 

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。