| 訓読 |
2188
黄葉(もみちば)のにほひは繁(しげ)ししかれども妻梨(つまなし)の木を手折(たを)りかざさむ
2189
露霜(つゆしも)の寒き夕(ゆふへ)の秋風にもみちにけらし妻梨(つまなし)の木は
2190
我(わ)が門(かど)の浅茅(あさぢ)色づく吉隠(よなばり)の浪柴(なみしば)の野の黄葉(もみち)散るらし
2191
雁(かり)が音(ね)を聞きつるなへに高松(たかまつ)の野の上(うへ)の草ぞ色づきにける
2192
我(わ)が背子(せこ)が白栲衣(しろたへごろも)行き触(ふ)ればにほひぬべくももみつ山かも
| 意味 |
〈2188〉
黄葉の色合いはさまざまだけれど、妻無しの私は梨の木を手折って挿頭(かざし)にしよう。
〈2189〉
露霜が降りる寒い夕方の秋風によって色づいたようだ、妻無しの梨という木は。
〈2190〉
我が家の門前の浅茅は色づいてきたのを見ると。もう吉隠の浪柴の野の黄葉は散っていることだろう。
〈2191〉
雁の声を聞いた折しも、高松の野の草々は色づいたことだ。
〈2192〉
あの人の白い衣が、そこへ行って触れたら染まってしまいそうなほどに黄葉している山よ。
| 鑑賞 |
作者未詳の「黄葉(もみち)を詠む」歌5首。2188の「にほひは繁し」の「にほひ」は、美しい色合い。「繁し」は、さまざまにある。「しかれども」は、そうではあるが、それでも。「妻梨」は、「妻無し」と「梨」を掛けており、「君松(待つ)の木」と同じような言い方。秋の自然美と恋(または独身)の心情とを対比的に詠んだ歌であり、窪田空穂は、「人々が集まって宴を張り、庭の黄葉を好みにしたがって折って挿頭とする時、妻を喪った人の詠んだ形の歌である。場合柄、おもしろく思われた歌であろう」と述べています。
2189は、2188との連作。「露霜」は、露が凍って霜のようになったもので、冷え冷えとした露を表現する歌語。「もみちにけらし」の「けらし」は「けるらし」の意で、推量と気づきの表現。原文「黄葉尓来之」は「黄葉尓來毛」とある本もあり、モミチニケルモと訓んでいます。前歌では、黄葉の美しさを前に、あえて「妻梨の木」を選ぶという主体的で、やや諧謔的な姿勢が見られましたが、本歌では、自然の寒さにさらされ、妻梨の木も紅葉してしまったと、より受動的で静かな観察に転じています。
2190の「吉隠」は、奈良県桜井市東部の地区。初瀬の東。「浪柴の野」は、さらにその地域内あった野とされますが、所在未詳。風に揺れる柴草が波のように見えることからの名とされます。「散るらし」は推量表現であり、想像による風景把握の歌となっています。斎藤茂吉は、「浪柴の野の黄葉散るらし」の歌調に感心すると言っています。また「『黄葉散るらし』という結句の歌は幾つかあるような気がしていたが、実際当たってみると、この歌一首だけのようである」とも。
2191の「雁が音」は、雁の鳴き声。「聞きつる」は、聞いたという完了・詠嘆を伴う表現。「なへに」は、とともに、と同時に。「高松」は、高円の別称。「野の上の草」は、野原に生える草。「色づきにける」の「ける」は気づきと詠嘆の助動詞で、色づいてしまったのだなあ。聴覚的体験をきっかけに、視覚的な季節の変化に気づく心情を詠んだ一首です。
2192の「白栲衣」は、白い楮(こうぞ)布の衣のことで、清浄・純潔・若々しさの象徴でもあります。「行き触れば」は、歩いて触れるならば。衣が草木に触れる意。「にほひぬべくも」は、色づいてしまいそうだ、染まってしまいそうだ。「もみつ山かも」の「もみつ」は、黄葉する。「かも」は、詠嘆。恋人への思慕を、秋山の紅葉の美しさに重ねて詠んだ恋歌であり、純白の衣と、色濃く染まった紅葉の山という対照的なイメージを用いながら、紅葉の「強いにほひ(色の力)」を強調しています。

万葉仮名
『万葉集』には、和歌だけでなく、分類名・作者名・題詞・訓注・左注などが記載されていますが、和歌以外の部分はほとんどが漢文体となっています。これに対して和歌の表記には、漢字の本質的な用法である表意文字としての機能と、その字音のみを表示する表音文字としての機能が使われており、後者の用法を「万葉仮名」と呼びます。漢字本来の意味とは関係なく、その字音・字訓だけを用いて、ひらがな・カタカナ以前の日本語を書き表した文字であり、『万葉集』にもっとも多くの種類が見られるため「万葉仮名」と呼ばれます。
当時の日本にはまだ固有の文字がなかったため、中国の漢字が表記に用いられたわけです。たとえば、伊能知(=いのち・命)、於保美也(=おほみや・大宮)、千羽八振(=ちはやぶる・神の枕詞)などのように、漢字そのものに意味はなく、単にかなとして用いられます。むろん、漢字の意味どおりに用いられる場合もあります。ちなみに、巻第8-1418番の志貴皇子の歌は、原文では次のように書かれています。
石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨
・・・石(いは)走る 垂水の上の さわらびの 萌え出(い)ずる春に なりにけるかも
また、奈良時代の音節数は、清音60(古事記・万葉集巻第5は61)・濁音27だったことが分かっています。たとえばア行のえ(e)とヤ行のえ(ye)、ず(zu)とづ(du)などは区別されており、そのため現代語の清音44・濁音18に比べてはるかに多くありました。
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『万葉集』クイズ
それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.すみれ 2.はだれ 3.はるな(春菜) 4.はぎ(萩) 5.かはず(蝦) 6.やまぶき(山吹) 7.しらたま(白珠) 8.ひさかた 9.くも(雲) 10.くろかみ
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