| 訓読 |
2203
里(さと)ゆ異(け)に霜は置くらし高松(たかまつ)の野山(のやま)づかさの色づく見れば
2204
秋風の日(ひ)に異(け)に吹けば露(つゆ)を重(おも)み萩の下葉(したば)は色づきにけり
2205
秋萩(あきはぎ)の下葉(したば)もみちぬあらたまの月の経(へ)ぬれば風をいたみかも
2206
まそ鏡(かがみ)南淵山(みなぶちやま)は今日(けふ)もかも白露(しらつゆ)置きて黄葉(もみち)散るらむ
2207
我(わ)がやどの浅茅(あさぢ)色づく吉隠(よなばり)の夏身(なつみ)の上にしぐれ降るらし
| 意味 |
〈2203〉
里よりも一段と霜が降りているようだ、高松の野山の高みが色づいているのを見ると。
〈2204〉
秋風が日増しに寒く吹くので、露をしとどに浴びて、萩の下の方の葉が色づいてきた。
〈2205〉
萩の下葉がすっかり色づいてきた。月が改まり、風が強くなったからだろうか。
〈2206〉
南淵山では、今日あたりも露が置いては、黄葉が散っていることだろう。
〈2207〉
我が家の庭の浅茅が色づいた。この分では、吉隠の夏身のあたりには時雨が降っていることだろう。
| 鑑賞 |
作者未詳の「黄葉(もみち)を詠む」歌5首。2203の「里ゆ異に」は、里よりも一段とまさって。「霜は置くらし」の「らし」は推量。目に見える結果からの判断。「高松」は、高円の別称。高円は、平城京東郊の春日の南に続く地域。「野山づかさ」は、野山の小高い所。紅葉の進み具合から霜の存在を推し量るという、観察にもとづく自然認識を詠んだ一首です。作者は直接霜を見たのではなく、草木の色づきの深さから、「里よりも霜が置いているに違いない」と感じ取っています。なお、「里ゆ異に」の原文「里異」を「里も異に」と訓んで、「里のほうも一段と霜が降りているだろう。この高松の野山の高みが色づいているのを見ると」のように解するものもあります。
2204の「日に異に」は、日増しに。「露を重み」の「重み」は「重し」のミ語法。原文「露重」で、ツユシゲミと訓むものもあります。「萩の下葉」は、萩の下の方の葉で、秋にいち早く色づく部分。秋の深まりを細やかな自然観察によって捉えた一首であり、秋風が吹くにつれて露が増し、その重みで萩の下葉が色づいていく――季節の移ろいが、原因と結果の連なりとして描かれています。
2205の「もみちぬ」は、「もみつ(紅葉する)」の完了形。「あらたまの」は、ここでは「月」の枕詞。「月の経ぬれば」は、日数が経ち月が改まったので。「風をいたみかも」の「いたみ」は「いたし」のミ語法で、強いので、甚だしいので。「かも」は、疑問。時間の経過と自然の変化を重ね合わせた一首であり、萩の下葉が紅葉してしまった事実に気づき、その原因を「月の経過」と「風の強さ」に求めています。
2206の「まそ鏡」は、よく映る立派な白銅製の鏡のことで、「見」と続き「南淵山」にかかる枕詞。南淵山は、明日香川の上流、蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳から南方に見える山。「今日もかも」は、今日もまただろうか、という疑問と詠嘆。「白露置きて」以下2句は、白露を黄葉を早めて散らすものと見ています。「散るらむ」の「らむ」は、現在進行の推量。直接目にしていない景色を思い描く想像の歌であり、作者は、今この瞬間の南淵山の様子を、白露と紅葉という秋の景物を通して思い浮かべています。
2207の「やど」は、家の敷地・庭先。「浅茅」は、丈の低い茅萱(ちがや)。「吉隠」は、奈良県桜井市東部の地区。「夏身」は、吉隠内の地名ながら、所在未詳。「上」は、辺り。「しぐれ降るらし」の「しぐれ」は、晩秋から初冬にかけて降る通り雨。「らし」は、根拠に基づく推定。身近な庭の変化から、遠くの山の天候を推し量る構成が特徴的な歌で、作者は、自宅の浅茅が色づいていることから、同じ気候圏にある吉隠の夏身の上では、すでに時雨が降っているに違いないと想像しています。

『万葉集』の写本
『万葉集』の原本は、まだ発見されておらず、現存しているものはすべて後世に書写された写本です。最も古いものは、平安時代中期に書き写され、加賀藩主から桂宮家(かつらのみやけ)に献上された『桂本万葉集』ですが、巻第4の一部が残っているだけです。現在、20巻すべて揃った最も古い写本は、鎌倉時代後期の写本で、『西本願寺本万葉集』と呼ばれているものです。そのほか多くの写本がありながら完全なものが少ないのは、習字の手本にしたり、愛好する人たちが自ら切り取って書き写し、自分の『万葉集』を手にするなどしたからで、一首または数首の歌が記された断簡(だんかん)の形で発見されるものが多いのです。
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『万葉集』クイズ
それぞれの歌の〇のある句が枕詞となるように、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.うちひ 2.しきたへ 3.ちはやぶる 4.かがみ(鏡) 5.つき(月) 6.あらたま 7.つるぎたち(剣大刀) 8.しろたへ(白妙) 9.ももしき 10.ぬばたま
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