| 訓読 |
2208
雁(かり)がねの寒く鳴きしゆ水茎(みづくき)の岡の葛葉(くずは)は色づきにけり
2209
秋萩(あきはぎ)の下葉の黄葉(もみち)花に継(つ)ぎ時(とき)過ぎゆかば後(のち)恋ひむかも
2210
明日香川(あすかがは)黄葉(もみちば)流る葛城(かづらき)の山の木の葉は今し散るらむ
2211
妹(いも)が紐(ひも)解くと結びて龍田山(たつたやま)今こそ黄葉(もみち)そめてありけれ
2212
雁(かり)がねの寒く鳴きしゆ春日(かすが)なる三笠(みかさ)の山は色づきにけり
| 意味 |
〈2208〉
雁が寒々と鳴いてからというもの、岡の葛の葉はすっかり色づいてきた。
〈2209〉
萩の下葉が、花に続いて美しく色づいているが、その時期が過ぎ去ったら、後で恋しく思うのだろうかなあ。
〈2210〉
明日香川に紅葉が流れている。葛城山の木の葉が今にも散っているのだろう。
〈2211〉
妻の下紐をいずれまた解くのだと結んで発つという、その龍田山は、ちょうどいまごろ色づき始めている。
〈2212〉
雁が寒々と鳴いたときから、春日の三笠の山は一面に色づいてきた。
| 鑑賞 |
作者未詳の「黄葉(もみち)を詠む」歌5首。2208の「雁がね」は、ここは雁そのもの。「寒く鳴きしゆ」の「ゆ」は、起点・経過点を示す格助詞。寒く鳴いた時から。「水茎の」は「岡」の枕詞ながら、語義・かかり方は未詳。「葛」は、山野に自生するつる草で、秋の七草の一つ。聴覚的な季節感と視覚的な季節感を重ね合わせた一首であり、「寒く鳴きしゆ」という過去を振り返る表現と、「色づきにけり」という現在の気づきが対照的で、時間の流れが巧みに表現されています。雁の声が聞こえ始めてから、いつの間にか景色はさらに深い秋色へと変わっていた、という感慨がにじみます。
2209の「花に継ぎ」は、花に続いて美しく色づいている意。「恋ひむかも」は、余情を残す詠嘆・疑問。萩の花と紅葉を対比させながら、時間と恋慕の感情を重ねた一首であり、花が終われば黄葉が始まり、やがてそれも過ぎていく。その循環の中で、作者は「後恋ひむかも」と、自分の心が後悔や恋慕に向かうであろうことを予感します。ここには、今この瞬間の美を逃してはならないという、静かな自覚が感じられます。
2210の「明日香川」は、河内の明日香川。二上山の南から発して、太子町や羽曳野市を北西流する小川で、大和の明日香川は有名ですが、河内の明日香川が詠まれているのは『万葉集』ではこの1首のみです。「葛城の山」は、金剛山を主峰とする連峰。「今し散るらむ」の「し」は、強意の副助詞。「らむ」は、今まさに散っているのだろうという現在推量。川と山という二つの景を結びつけ、秋の盛りを立体的に描いた一首です。作者は、目の前の明日香川を流れる黄葉を見て、その源である葛城山の木の葉が、今ちょうど散っているに違いないと想像します。「流る」という現在の実景と、「散るらむ」という推量が響き合い、時間と空間を越えた連続性が生まれています。
2211の「解くと結びて」は、帰って来た時に解こうと思って今はしっかり結んで、の意。上2句は、紐を結んで家を出て旅に発つ意で、「龍田山」を導く序詞。「龍田山」は、奈良県生駒郡三郷町の龍田大社の背後にある山。「今こそ」は、強い詠嘆を伴う強調表現。「黄葉そめてありけれ」は、紅葉し始めているのだなあ。「そめてありけれ」の原文「始而有家礼」で、「はじめたりけれ」と訓む例もあります。恋の象徴的行為と自然現象とを大胆に結びつけた一首です。「妹が紐解く」というきわめて私的で官能的な場面を導入し、それを龍田山の紅葉と重ねる発想が、印象的な鮮やかさをもたらしています。
2212の「雁がね」は、ここは雁そのもの。「寒く鳴きしゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。原文「喧之從」で、読み添えの必要のある字として、「来鳴きにしより」「騒きにしより」などと訓む例があります。「春日なづ」は、春日にある。「三笠の山」は、奈良市の東方、春日大社の背後にある山。雁の声を時間の起点として、紅葉の進行を捉えた一首ですが、雁の声と黄葉との間に緊密な関係、すなわち男女関係を認めた心の歌です。

序詞について
序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。以下に序詞の用例を列記します。青色の句が序詞で、赤色の語句がそれに導かれた語です。
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