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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2233・2234

訓読

2233
高松(たかまつ)のこの峰(みね)も狭(せ)に笠立てて満ち盛(さか)りたる秋の香(か)のよさ
2234
一日(ひとひ)には千重(ちへ)しくしくに我(あ)が恋ふる妹(いも)があたりに時雨(しぐれ)降る見ゆ

意味

〈2233〉
 高松のこの峯も狭いほどに、笠を立てて、辺り一面に満ち溢れている秋の香りのよさよ。
〈2234〉
 一日の間に、幾度も重ね重ね私が恋い焦がれるあの子の家のあたりに、時雨がしきりに降っている。

鑑賞

 2233は、作者未詳の「芳(か)を詠む」歌。「高松」は地名で、奈良の高円(たかまど)山をタカマツと発音することもあったのではないかとする説もありますが、不明です。「峰も狭に」は、峰も狭いばかりに。「笠立てて」は、キノコの姿を傘を立てたものと見た表現。「満ち盛りたる」は、最高潮に達しているさま。「よさ」は、良いことだで、詠歎を籠めたもの。ここに詠まれているキノコは松茸とされ、赤松の林に生える松茸は、かつては採り切れないほどに群生していたといいます。キノコを詠んだ歌は珍しく、『万葉集』中この1首のみです。さらには香りを詠んでいる点も珍しく、日本人の松茸崇拝の源流となっている歌です。ただ、「秋の香」とあるのは、松茸そのものの香りというより、この歌の場合は、秋の峰に漂う香りと解した方がよさそうです。

 
伊藤博はこの歌を評し、「結句まで一気に流れ落ちる声調、それを『よさ』の一語に承けとめる余韻には、世にも見事な光景にしばし息をとめたかのごとき作者の緊張感が漂う」と述べており、窪田空穂も、「心の躍りのあらわれている快い作である」と述べています。『万葉集』には、なぜか香りを詠んだ歌は少なく、梅の花についても、平安時代にはさかんにその香りが詠まれているのに比べて、あまり話題になっていません。香りが詠まれている例は、橘が多く、梅の花はその次、キノコはここの1首のみです。女性の美しさを「香ぐはし」といった例もあります。平安時代になって香りが多く詠まれるようになったのは、宮廷での薫物(たきもの)の流行と連動するようです。

 
2234は『柿本人麻呂歌集』から「雨を詠む」歌。「一日には」は、一日のうちには。ここは女の家への訪問を座して待つ一日の間、の意。「千重」は「幾度も」を強調した語。「しくしくに」は、しきりに、絶え間なく。巻第11の2437、2552にも同じ例があり、人麻呂が考案した表現だとされます。「時雨」は、晩秋から初冬にかけて降る小雨。「見ゆ」は、動詞・助動詞の終止形に接するのが通則で、この用法は古今集以後にはありません。古代の「見ゆ」は、上の文を完全に終結させた後にそれを受けており、存在を視覚によっては把捉した古代的思考、存在を見える姿において描写的に把捉しようとする古代の心性があった、と説かれます。

 晩秋の時雨の情景に、募る恋心を重ね合わせた抒情歌であり、前半の「一日には 千重しくしくに」という表現によって、時雨が一度きりではなく、何度も繰り返し降る様子が強く印象づけられます。その反復は、そのまま作者の恋心の執拗さ、断ち切れなさを暗示しています。また、初句の「一」が「千」と、「しくしくに」が結句の「しぐれ」と響き合っており、この歌について
窪田空穂は、「奔放であるとともに統一があって、技巧としても超凡なものである。人麿以外の者には詠めない歌で、若き日の人麿を思わせるに足りる歌である」と述べています。
 


『万葉集』クイズ

 それぞれの歌ののある句が枕詞となるように、ひらがなで答えてください。

  1. 〇〇飛ぶや鳥にもがもや都まで送り申して飛び帰るもの
  2. 〇〇〇〇〇わご大君の常営と仕へまつれる雑賀野ゆ
  3. 〇〇〇〇〇命は知らず松が枝を結ぶ心は長くとぞ思ふ
  4. 〇〇〇〇の泊瀬の山に照る月は満ち欠けしけり人の常なき
  5. 〇〇ごもり春の大野を焼く人は焼き足らねかも我が情焼く
  6. 〇〇〇〇の母がその業る桑すらに願へば衣に着るといふものを
  7. 〇〇伝ふ八十の島廻を漕ぐ舟に乗りにし心忘れかねつも
  8. うち〇〇く春来るらし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
  9. 〇〇〇鳴く古りにし里の秋萩を思ふ人どち相見つるかも
  10. 〇〇〇〇の道行き疲れ稲筵しきても君を見むよしもがも


【解答】 1.あま(天) 2.やすみしし 3.たまきはる 4.こもりく 5.ふゆ(冬) 6.たらちね 7.もも(百) 8.なび(靡) 9.うづら(鶉) 10.たまほこ(玉桙)

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六歌仙

 「六歌仙」とは、日本初の勅撰和歌集『古今和歌集』(延喜5年:905年)の序文「仮名序(かなじょ)」において掲げられている6人の代表的な歌人のことで、僧正遍照(そうじょうへんじょう)、在原業平(ありわらのなりひら)、文屋康秀(ふんやのやすひで)、喜撰法師(きせんほうし)、小野小町(おののこまち)、大友黒主(おおとものくろぬし)の6人を指します。

 ただし、紀貫之の執筆によるこの「仮名序」には、もっと素晴らしい歌人として、柿本人麻呂と山部赤人が挙げられていて、六歌仙の人たちにはそれぞれ欠点があるとして指摘しています。たとえば、遍昭については「歌のさまはえたれどもまことすくなし」、業平については「その心あまりてことばたらず」、康秀については「ことば巧みにてそのさま身におはず」などと、かなり厳しいものです。

 これに対して、「仮名序」では、柿本人麻呂を「歌聖(うたのひじり)」、同じく紀淑望(きのよしもち)が漢文で書いた「真名序(まなじょ)」では、山部赤人を「和歌仙(わかのひじり)」としており、この二人について紀貫之は、「人麿は、赤人が上(かみ)に立たむことかたく、赤人は人麿が下(しも)に立たむことかたくなむありける」と記述しています。つまり、二人の実力は同列であると判断しているのです。

 なお、六歌仙に対して厳しく評価しているものの、それ以外の歌人については、わざわざ名を挙げて批評するに値しないとしているので、結局は六歌仙をそれなりに高く評価しているものです。
 


(柿本人麻呂) 

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。