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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2249~2253

訓読

2249
鶴(たづ)が音(ね)の聞こゆる田居(たゐ)に廬(いほ)りして我(わ)れ旅なりと妹(いも)に告げこそ
2250
春霞(はるかすみ)たなびく田居(たゐ)に廬(いほ)つきて秋田刈るまで思はしむらく
2251
橘(たちばな)を守部(もりべ)の里の門田早稲(かどたわせ)刈る時過ぎぬ来(こ)じとすらしも
2252
秋萩(あきはぎ)の咲き散る野辺(のへ)の夕露(ゆふつゆ)の濡れつつ来ませ夜は更けぬとも
2253
色づかふ秋の露霜(つゆしも)な降りそね妹(いも)が手本(たもと)をまかぬ今夜(こよひ)は

意味

〈2249〉
 鶴の声が聞こえる田んぼで小屋住みをしている。私は今、旅にいると妻に知らせておくれ。
〈2250〉
 春霞がたなびく田んぼに仮小屋を作り、秋の田を刈るまでの長い間、妻を思い続けさせることだ。
〈2251〉
 橘の守部の里の門前の早稲を刈りとる時は過ぎてしまった。あの人はやって来ないつもりらしい。
〈2252〉
 秋萩が咲いては散る野原の夕霧に濡れながらでもいらっしゃってください。いくら夜が更けてしまっても。
〈2253〉
 木々を色づかせる秋の冷たい露霜よ、どうか降らないでおくれ。彼女の手枕もできずに、独りわびしく寝なければならない今宵は。

鑑賞

 作者未詳歌5首。2249~2251は「水田(こなた)に寄す」歌。2249の「鶴が音」は、鶴の鳴き声。秋から冬にかけての寂寥感を帯びた音であり、孤独や遠隔を象徴します。「田居」は、田んぼ。「「廬りして」は、仮小屋に住むこと。「告げこそ」の「こそ」は、相手に希求する意の終助詞。この時代、田んぼが住居の近くに必ずあるわけではなかったので、万葉びとは、収穫期などに自らが耕地に赴くことについても「旅」と呼んでいます。妻に逢えないのは、その旅のせいです。

 
2250の「廬つきて」は、仮小屋を建てて。「思はしむらく」は「思はしむ」のク語法・名詞形で、妻を思わしめることよ、と詠嘆して言ったもの。上4句によると、春の農耕前から秋の収穫期までずっと仮小屋に籠っていたように受け取れますが、佐佐木信綱は「おちおち逢えない恋しさを、こんな風に表現したので、それは決して不自然ではなく、普通な創作心理である。機械的に言葉に囚われてはならない」と言っています。すなわち、春から秋までの長い歳月を隔てて続く恋慕の思いを主題としている歌です。

 平城京に勤務する律令官人たちも、このような自らの耕作地への旅をしていました。官人の休暇について定めた假寧令(けにょうりょう)には、京内の役人が毎年5月と8月に15日ずつの農繁休みを取ることを定めた条項があります。この期間には、平城京の役人らが田園に帰って農耕に従事していたのです。山間部にある田んぼだと、ここの歌にあるように、耕作地の傍に小屋を建てて起居することもあったようです。

 
2251の「橘を」は、それを大切に守る意で「守」にかかる枕詞。また橘は、常緑で不変の象徴でもあり、恋の約束や継続性を暗示する語。「守部の里」は、所在未詳ながら、守部(警護を司る者)にちなんだ地名か。「門田早稲」は、家の近くの田で作る早稲(早く実る稲)。「刈る時過ぎぬ」は、収穫の時期を過ぎた、つまり「待つべき期限が過ぎた」ことの比喩。「来じとすらしも」は、来まいとしているらしい。約束したにも関わらず、農繁期が過ぎても来そうもない男を恨んだ女の歌で、夫は、とくに農繁期には妻の農作業を助ける習いがあったといいますから、それに関わるものと見られます。橘という「変わらぬもの」の象徴を冒頭に置きながら、現実には相手の心が変わってしまったと感じている点に、深い皮肉と哀感があります。

 2252・2253は「露に寄す」歌。
2252の「咲き散る」は成句で「散る」に中心があるものの、花の極限の美しさをいう表現。「濡れつつ来ませ」の「つつ」は逆説で、濡れながらも。「来ませ」は「来よ」の敬語。「どうか来てほしい」という丁寧で切実な願い。「夜は更けぬとも」の「とも」は逆接。たとえ~であっても。万葉びとは衣が濡れることをひどく嫌がったのですが、それでも「今夜は必ずいらっしゃってください」と妻から夫に使いをやって贈った歌、あるいは夕刻、いかに待っても夫が来ないのを悲しんでいる歌とされます。情景の美しさと感情の強さとが調和した印象深い作品であり、女の切実な思いがすなおな調べに託された佳作と評されます。

 
2253の「色づかふ」の「ふ」は、動作の連続を表す語。秋が深まり、露や霜がきらめく様子を美的に捉えた語でもあります。「露霜」は、露と霜、または露が凍って霜のようになったもので、冷え冷えとした露を表現する歌語。「な~そね」は、懇願的な禁止。「手本」は、手首。「まかぬ今夜は」の「まく」は、枕にする意。独り寝の侘しい夜であるから、これ以上寒くあってくれるなと露に願う歌ですが、窪田空穂は「それにしては詠み方がいかにも華やかで大げさだ」と言っています。
 


『万葉集』クイズ

  1. 橘諸兄の使者として越中の大伴家持を訪ねて来たのは誰?
  2. 大伴旅人の弟で、坂上郎女が嫁したのは誰?
  3. 大伴坂上大嬢と仲のよかった異母姉は誰?
  4. 大宰府にいた大伴旅人が琴を贈った相手は誰?
  5. 大伴旅人が大宰府から上京する時に惜別の歌を贈った遊行女婦の名は?
  6. 『万葉集』で唯一、国外で詠まれた歌の作者は誰?
  7. 『万葉集』の三大部立ては、雑歌、相聞と、あと一つは何?
  8. 『万葉集』でもっとも長い長歌を詠んだのは誰?
  9. 歌句形体が5・7・5・7・7・7の6句構成の歌を何という?
  10. 『柿本人麻呂歌集』にある、助詞などを書き添えていない表記の歌を何という?


【解答】1.田辺福麻呂 2.大伴宿奈麻呂 3.大伴田村大嬢 4.藤原房前 5.児島 6.山上憶良 7.挽歌 8.柿本人麻呂 9.仏足石歌 10.略体歌

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