| 訓読 |
2269
今夜(こよひ)の暁(あかとき)降(くだ)ち鳴く鶴(たづ)の思ひは過ぎず恋こそまされ
2270
道の辺(へ)の尾花(をばな)が下(した)の思ひ草(ぐさ)今さらさらに何をか思はむ
2271
草(くさ)深(ふか)みこほろぎさはに鳴くやどの萩(はぎ)見に君はいつか来(き)まさむ
2272
秋づけば水草(みくさ)の花のあえぬがに思へど知らじ直(ただ)に逢はざれば
2273
何すとか君をいとはむ秋萩(あきはぎ)のその初花(はつはな)の嬉(うれ)しきものを
| 意味 |
〈2269〉
今夜が明け方になった時に鳴く鶴のように、嘆きは過ぎ去らず、恋心が募るばかりだ。
〈2270〉
道のほとりに生える尾花の下の思い草よ、今更何をひとり思いわずらったりしようか。
〈2271〉
草が深いのでコオロギが多く鳴いている我が家の萩を見に、あなたはいつになったらいらっしゃるのでしょう。
〈2272〉
秋めいてくると、水草の花がこぼれ落ちるばかりに咲くように、私の思いもあふれそうになるのに、あなたは知らないでしょうね、じかにお逢いしていないので。
〈2273〉
何だって、あなたのことを嫌だなんて思うでしょうか。秋萩のその初花を見た時のように嬉しくてならないのに。
| 鑑賞 |
作者未詳歌5首。2269は「鶴に寄す」歌。「今夜」は、一日の始まりを日没とする考えによって、日没から夜明けまでを言ったもの。「暁降ち」は、夜明け前のまだほの暗い時分のことで、「降ち」は、盛りを過ぎる、衰える意の動詞「くだつ」の名詞形。上3句は「思ひは過ぎず」を導く譬喩式序詞で、鶴の鳴き声の哀れさを、自身の恋心の切なさに譬えたもの。夜明けという感情の最も繊細な時間帯に募る恋心を、鶴の鳴き声に託して表現した一首であり、「思ひは過ぎず」と詠嘆することで、時間が解決してくれるはずの恋の苦しみが解消されない現実を示し、結句「恋こそまされ」で、恋心は衰えるどころか、むしろ深まり続けると力強く言い切ります。静かな情景描写の中に、内面では激しく揺れ動く恋の情が凝縮されています。
2270は「草に寄せる」歌。「道の辺」は、人の行き交う道ばた。「尾花」は、ススキの花穂。「思ひ草」は、尾花の根などに寄生するハマウツボ科のナンバンギセルという草。形状がキセルに似ていて、花が首をうなだれて咲きます。上3句は、その花の姿が物思いをする姿に似ているいることから、同音で「思はむ」を導く序詞。「さらさら」は、今更。下2句の原文「今更ゝ尓何 物可將念」で、イマサラサラニナニカオモハム、イマサラニナゾモノカオモハム、イマサラニナドモノカオモハムなどと訓む説もあります。長く続いた思慕や悩みをすでに超えた心境を、素朴な野の草に託して詠んだ一首であり、前歌が「恋こそまされ」と、思いが募る心を詠んでいるのに対し、本歌はその後に置かれ、恋の行き着く先としての心の静まりを示す対照的な位置づけを持ちます。
2271~2273は「花に寄す」歌。2271の「草深み」は、草が深いので。「さはに鳴く」は、多く鳴く。「やど」は、家の敷地、庭先。「来まさむ」は、おいでになるだろうか、という未来への期待と不安を含む表現。秋の深まりとともに募る、訪れを待つ恋心を、静かな家の情景に重ねて詠んだ一首であり、冒頭の「草深み」が、庭や道が荒れ、久しく人の訪れがないことを暗示し、作者の孤独な心境を象徴しています。そこに「こほろぎさはに鳴く」と続くことで、秋の夜の静寂が一層際立ち、耳に届く虫の声が、かえって寂しさを深めています。次歌とともに、恋人の訪れを待つ女の歌です。
2272の「秋づけば」は、秋めいてくると。「水草」は、水辺に生える草。上2句は「あえぬ」を導く序詞。「あえぬがに」の「あえ」は、こぼれ落ちる意の動詞「あゆ」の連用形。「がに」は、~しそうに、~するほどに。こぼれ落ちそうなほどに。「知らじ」は、知るまい。思い続けても伝わらぬ恋のもどかしさを、秋の自然に託して詠んだ一首であり、「秋づけば」との詠み起しで、恋の思いが深まる時節であることが示されますが、その深まりとは裏腹に、現実には「逢えぬ」状態が続いています。「水草の花」は、水中や人目につきにくい場所にひっそりと咲くため、存在していても気づかれにくい思いの象徴となっています。
2273は、男から「私のことが嫌いか」と問われたのに対し答えた女の歌。「何すとか」の「か」は反語で、何だって、何のために。「君をいとはむ」の「いとふ」は、嫌う、忌まわしく思う。「秋萩のその初花」の「初花」は、その年に初めて咲く新鮮な花。面と向かった時、新鮮で好もしく感じる相手の表情を譬えたもの、あるいは初めて男に逢った時のことを暗示しています。「嬉しきものを」は、実にうれしいものなのに、という詠嘆。恋人への変わらぬ愛情と親愛の心を、秋萩の初花に託して表現した一首です。

和歌の前に平等な日本人
(渡部昇一氏の著書から引用)
古代の日本人たちは、(中略)詩、すなわち和歌の前において平等だと感じていたように思われる。われわれの先祖が歌というものに抱いていた感情はまことに独特なものであって、よその国においてはあまり例がないのではないかと思われる。
たとえば上古の日本の社会組織は、明確な氏族制度であった。天皇と皇子の子孫は「皇別」、建国の神話と関係ある者は「神別」、帰化人の子孫は「蕃別」と区別されたほかに、職能によって氏族構成員以外の者も区別されており、武器を作る者は弓削部、矢作部とか、織物を作るのは服部とか錦織部というふうであった。これは一種のカースト制と言うべきであろう。このカースト制の実体はよくわからないし、現在のインドのように厳しかったかどうかもわからない。しかしカーストはカーストである。ところが、このカーストを超越する点があった。それが和歌なのである。
『万葉集』を考えてみよう。これは全20巻、長歌や短歌などを合わせて4500首ほど含まれている。成立の過程の詳細なところはわかっていないが、だいたい巻ごとに編者があり、その全体をまとめるのに大伴家持が大きな役割を果たしていたであろうと推察される。大伴氏の先祖である天忍日命(アメノオシヒノミコト)は、神話によれば、高魂家より出て天孫降臨のときは靭負部をひきいて前衛の役を務めるという大功があり、古代においては朝臣の首位を占め、最も権力ある貴族であった。
その大伴氏が編集にたずさわっていたとすれば、カースト的偏見がはいっていたとしてもおかしくないはずである。それがそうではないのだ。この中の作者は誰でも知っているように、上は天皇から下は農民、兵士、乞食に至るまではいっており、男女の差別もない。また地域も、東国、北陸、九州の各地方を含んでいるのであって、文字どおり国民的歌集である。
一つの国民が国家的なことに参加できるという制度は、近代の選挙権の拡大という形で現れたと考えるのが普通である。選挙に一般庶民が参加できるようになったのは新しいことであるし、女性が参加できるようになったのはさらに新しい。しかしわが国においては、千数百年前から、和歌の前には万人平等という思想があった。
『 万葉集』に現れた歌聖として尊敬を受けている柿本人麻呂にせよ山部赤人にせよ、身分は高くない。特に、柿本人麻呂は、石見国の大柿の股から生まれたという伝説があり、江戸時代の川柳にも「九九人は親の腹から生まれ」(百人一首に人麻呂がはいっていることを指す)などというのがある。これは人麻呂が素性も知れ微賤の出身であることを暗示しているが、この人麻呂は和歌の神様になって崇拝されるようになる。
このように和歌を通じて見れば、日本人の身分に上下はないという感覚は、かすかながら生き残っていて、現在でも新年に皇居で行われる歌会始には誰でも参加できる。 毎年、皇帝が詩の題、つまり「勅題」を出して、誰でもそれに応募でき、作品がよければ皇帝の招待を受けるというような優美な風習は世界中にないであろう。
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |