| 訓読 |
2274
臥(こ)いまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出(い)でじ朝顔(あさがほ)の花
2275
言(こと)に出でて云はばゆゆしみ朝顔(あさがほ)の穂(ほ)には咲き出(で)ぬ恋もするかも
2276
雁(かり)がねの初声(はつこゑ)聞きて咲き出(で)たる宿の秋萩(あきはぎ)見に来(こ)我(わ)が背子(せこ)
2277
さを鹿の入野(いりの)のすすき初尾花(はつをばな)いづれの時か妹(いも)が手まかむ
2278
恋ふる日の日(け)長くしあれば我(わ)が園(その)の韓藍(からあゐ)の花の色に出(い)でにけり
| 意味 |
〈2274〉
転げまわって恋焦がれて死のうとも、決して顔色には出しません、朝顔の花のようには。
〈2275〉
つい口に出してしまいそう。でもそれは不吉なことなので、朝顔のつぼみのように、人目につかない恋をしていることだ。
〈2276〉
雁が初めて鳴くのを聞いて咲き出した庭の秋萩を、ぜひ見に来てください、あなた。
〈2277〉
牡鹿が分け入るという入野のすすきの初尾花、そのように初々しいあの娘と、いったいいつになったら、手をまいて一緒に寝ることができるだろうか。
〈2278〉
あの子に恋い焦がれる日が重なるばかりなので、我が家の庭に咲くケイトウの花の色のように、とうとう胸の思いを表に出してしまった。
| 鑑賞 |
作者未詳の「花に寄す」歌5首。2274の「臥いまろび」は、転げまわって。ひどい悲しみや嘆きの姿態の表現としてよく用いられる語です。「恋ひは死ぬとも」は、恋のために死ぬことがあっても、という強い誇張表現。「いちしろく」は、はっきりと、鮮明に。「恋ひは死ぬとも」は「恋ひ死ぬ」の間に係助詞「は」をはさんで強調した表現。「朝顔」は、桔梗(ききょう)の花とされ、その色の派手なところから、「いちしろく色には出でじ」の譬喩の心で言っているもの。女の歌であり、ある期間の夫婦関係は人に知られるとその関係が薄れてしまうという信仰を背景に歌ったものです。
2275の「言に出でて云はば」は、口に出して言うならば。「ゆゆしみ」は、忌み憚られるので、不吉なので。「穂には咲き出ぬ」は、穂先には花をつけないこと。人目につくところには現れない意の譬えで、朝顔(桔梗)の莟を捉えて譬喩としています。「恋もするかも」は、恋をしているのだなあ、という自省的・詠嘆的表現。恋心を言葉にも態度にも表せず、ひそかに抱き続ける内向的な恋を詠んだ一首です。冒頭の「言に出でて云はばゆゆしみ」は、恋を口にすること自体が社会的・心理的に「忌まわしい」「避けるべきこと」と感じられる状況を示しており、ここには、万葉時代における恋の慎みや、名誉・立場を意識する心が反映されています。
2276の「雁がね」は、雁。「初声」は、その年になって初めて鳴く声。「咲き出たる」は、咲き始めた。「宿」は、家の敷地、庭先。「来(こ)」は「来(く)」の命令形。秋の訪れとともに恋人の来訪を待ち望む、穏やかで明るい恋心を詠んだ一首です。「雁がねの初声」は、季節が確かに秋へと移ったことを告げる音であり、その自然の合図に応じて「宿の秋萩」が咲き出たと詠むことで、自然界と人の暮らし、そして心情とが調和して描かれています。秋萩が「咲き出たる」との表現は、相手を迎える準備が整った心を暗に示しており、前歌までに見られた秘めた恋や抑制の姿勢から一転し、本歌では「見に来我が背子」と、はっきりと来訪を願い出る点が印象的です。
2277の「さを鹿の」は、その入る野と続けて「入野」にかかる枕詞。「入野」は、入会いの野で、共有林のことかといわれます。「初尾花」は、その年に初めて出たすすきの穂で、初々しい娘の譬え。「いづれの時か」の原文「何時加」を、イツシカと訓み、「妹が手まかむ」の原文「妹之手將枕」を、イモガテヲマクラカムと訓むものもあります。秋の野の情景に託して、恋の成就を切に願う心を詠んだ一首で、相手はまだ少女であり、その子が成人して結婚できる日を待ち焦がれる男の歌です。
2278の「恋ふる日」は、恋い慕って過ごす日。「日(け)」は、日(ひ)の複数名詞。ケは、二日(ふつか)、三日(みっか)のカ、暦(日読:こよみ)のコに通じる語です。「長くし」の「長く」は、日の重なる意、「し」は、強意の副助詞。「我が園」は、自分の庭。私的な心の内の比喩とも取れます。「韓藍」はケイトウのこと。「色に出でにけり」は、感情が顔色や態度に現れてしまったこと。女の歌で、秘めようとしていた恋心が、長い時間の経過によってついに外に現れてしまった心境を詠んだ一首です。

『万葉集』に詠まれた植物
1位 萩 142首
2位 こうぞ・麻 138首
3位 梅 119首
4位 ひおうぎ 79首
5位 松 77首
6位 藻 74首
7位 橘 69首
8位 稲 57首
9位 すげ・すが 49首
9位 あし 49首
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