| 訓読 |
2304
秋つ葉ににほへる衣(ころも)我(わ)れは着(き)じ君に奉(まつ)らば夜(よる)も着るがね
2305
旅にすら紐(ひも)解くものを言(こと)繁(しげ)みまろ寝(ね)ぞ我(あ)がする長きこの夜(よ)を
2306
しぐれ降る暁月夜(あかときづくよ)紐(ひも)解かず恋ふらむ君と居(を)らましものを
2307
黄葉(もみちば)に置く白露(しらつゆ)の色端(いろは)にも出(い)でじと思へば言(こと)の繁(しげ)けく
2308
雨降ればたぎつ山川(やまがは)岩に触(ふ)れ君が砕(くだ)かむ心は持たじ
| 意味 |
〈2304〉
秋の紅葉のように美しいこの着物、私は着ないであなたに差し上げようと思います。夜も着て下さると思うので。
〈2305〉
旅先でも衣の紐を解いて共寝をすることもあるのに、人の噂がうるさいので、私は一人でごろ寝をしていることだ、この秋の長い夜を。
〈2306〉
時雨が降る明け方近いこの月夜に、紐も解かずに物思いをしているのだろうあなたと、一緒にいられたらうれしいのに。
〈2307〉
黄葉に置く白露が色を映えさせるように、この思いを顔色にはつゆも出すまいと思っているのに、世間の噂のうるさいことよ。
〈2308〉
雨が降るとほとばしり流れる山川、その水が岩に当たって砕けるように、あなたの心を砕くような気持ちは持っていません。
| 鑑賞 |
作者未詳歌5首。2304は「衣に寄せる」歌。「秋つ葉に」の「秋つ葉」は、紅葉した葉。「に」は、のように。「にほへる」は、色の美しい意。「我れは着じ」は、自分は着まい、という強い否定。「奉らば」は、差し上げるならば。「夜も着るがね」の「がね」は希望的推測を表す終助詞で、きっと夜にも着てくれるだろう、の意。女が、美しく染めた衣を夫に贈る時に添えた歌であり、これを私と思って着てほしいとの願望、とりわけ結句の「夜も着るがね」によって、その衣が昼だけでなく夜にも用いられることが想像され、常に相手の身を包み、寄り添う存在でありたいという願いが込められています。
2305~2308は、2組の問答歌。2305は、男が女に贈った歌。「旅にすら紐解くものを」は、旅先でさえ紐を解いてその土地の女と共寝することがあるというのに、の意。「言繁み」は、人の噂がうるさいので。「まろ寝」は、昼の衣を着たままでごろ寝すること。2306は、女が返した歌。「しぐれ降る暁月夜」は、時雨の折々降る、月のある明け方。「恋ふらむ君と」の「らむ」は現在推量の助動詞で、物恋いをしているだろう君と。「居らましものを」は、一緒にいただろうものを。男が、今夜訪ねて来ない理由を人の噂にこじつけているのに対し、女は、伊藤博によれば「第3句『紐解かず』以下は、相手の『まろ寝ぞ我がする』を、わざとしおらしく取りなした表現で、強い皮肉がこもっているように思われる。上2句には、関連して、寒々とした明け方までごろ寝とはご苦労様ね、の意がこもっているのであろう」と。また、「問答歌は、たいてい答歌に凱歌があがる。その場合、二人の関係は逆に信頼の密度が濃いと見て、まず狂いはない」とも。
2307は、男が女に贈った歌。上2句は「色端に出でじ」を導く譬喩式序詞。「色端」の原文「色葉」で、他に例のない語。顔色の端、あるいはの色に染まった葉の意か。「繁けく」は「繁し」のク語法で名詞形。2308は、女が答えた歌。「山川」は、山中を流れる川。上3句は「砕かむ」を導く譬喩式序詞。「君が砕かむ心」は、あなたを心配させる心。ここでは浮気心のこと。男が二人の仲に関する噂に心を砕いていると訴えているのに対し、女は、男の言う噂が、自分の浮気に関する噂だとわざと曲解し、私はまじめに過ごしているのだからそんなに心配しなくても、と答えているものです。

こころ(心)
現代の私たちにとって、ココロはすでに自明なものとして存在しているのかもしれない。手近な辞書を見ると、ココロとは、人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの、またその働きなどと説明されている。だが、古代のココロには相当に深い奥行きがある。古代のココロを探る場合、類似の概念であるタマ(魂)との関係を、どう把握するかが大きな問題となる。
魂はそれぞれの個体に宿る生命力の本質とされるものをいう。魂または個体にとって、本来的な他者として存在した。魂は容器としての身体に宿り、時としてそこから遊離あるいは分離することができるとされた。魂が身体から完全に分離すると死を招くことになる。
一方、ココロはどのようなものとされたのか。魂とは違い、ココロは個体に内在する何ものかであると考えられた。むしろ、外界との関係において初めて知覚されるものがココロだった。「心」に接続する枕詞に「群肝(むらきも)の」「肝(きも)向ふ」がある。これは、どうやら、心臓の鼓動を心の動きとして知覚したところに生まれた枕詞であるらしい。
~『万葉語誌』から引用
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