| 訓読 |
2316
奈良山(ならやま)の嶺(みね)なほ霧(き)らふうべしこそ籬(まがき)が下(した)の雪は消(け)ずけれ
2317
こと降らば袖(そで)さへ濡(ぬ)れて通るべく降りなむ雪の空に消(け)につつ
2318
夜(よ)を寒(さむ)み朝門(あさと)を開き出(い)で見れば庭もはだらにみ雪降りたり [一云 庭もほどろに雪ぞ降りたる]
2319
夕(ゆふ)されば衣手(ころもで)寒し高松(たかまつ)の山の木ごとに雪ぞ降りたる
| 意味 |
〈2316〉
奈良山の嶺はまだ曇っている。なるほどそれで、垣根の下に雪が消え残っているのだな。
〈2317〉
同じ降るなら、袖まで濡れ通るほどに降ってほしい雪なのに、空の途中で消えてしまう。
〈2318〉
夜が寒かったので、朝戸を開いて外に出てみたら、うっすらと雪が降り積もっている。(庭にまだらに雪が降り積もっている)
〈2319〉
夕方になると着物の袖口のあたりが寒い。見ると、高松のどの木にも雪が降り積もっている。
| 鑑賞 |
作者未詳の「雪を詠む」歌4首。2316の「奈良山」は、奈良の北方にある、高さ100mばかりの丘陵で、平城京から朝夕眺められた山。「霧らふ」は「霧る」の継続態で、曇っている、雪気でけぶっている。「うべしこそ」の「うべ」は、なるほどもっともだと事態を肯定する副詞。「し」は、強意の副助詞。「こそ」は、係助詞で、下の「消ずけれ」の連用形で結んでいます。「籬」は、竹や柴で目を粗く編んだ垣。自然の高所である「奈良山の嶺」に霧が残るのは当然である、その理由として「籬が下の雪は消ずけれ」と、人里の低い場所にまで雪が残っている現実を挙げています。また、「籬」という人為的なものを詠み込むことで、自然の厳しさが生活空間にまで及んでいることが実感されます。雄大さよりも、身近な景を通して寒さを感じさせる写実性が、この歌の大きな魅力です。
2317の「こと降らば」は、同じ降るならば。「こと」は「如」と同源の副詞で、同一、同等の意を表すといわれます。「通るべく」は、濡れ通るほどに。「降りなむ雪の」は、降り積もる状態になってほしい雪の、の意。雪がどんなに降り続くだろうと思つたのに、すぐに止んでしまったことを気分的に詠んだ歌です。
2318の「寒み」は「寒し」のミ語法で、寒かったので。「朝戸」は、集中では愛しい人を送り出す朝の戸を言います。「庭もはだらに」の「はだら」は「はだれ」ともいい、庭一面に薄く積もっているさま。別伝では「ほどろ」と示されています。「み雪」の「み」は、接頭語。この表現からは、寒さや不便さよりも、雪の清らかさ・美しさへの素直な感動が伝わってきます。
2319の「夕されば」は、夕方になると。「衣手」は、着物の袖。「高松」は、高円。「山の木ごとに」は、山に生える木という木すべてに。「雪ぞ降りたる」は、係助詞「ぞ」による強調。人の感覚と自然の景とを並置する構成が特徴的な歌であり、前半では「衣手寒し」と、主体の身体感覚が示され、後半では視線が遠く「高松の山」へと移り、雪に覆われた山景色が描かれます。そして「山の木ごとに」という表現により、雪が部分的ではなく、山全体を均一に包み込んでいる印象が生まれ、夕暮れの静けさと相まって、世界が白一色に沈んでいくような感覚を読者に与えます。

序詞について
序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。以下に序詞の用例を列記します。青色の句が序詞で、赤色の語句がそれに導かれた語です。
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |