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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2361~2363

訓読

2361
天(あめ)にある一つ棚橋(たなはし)いかにか行(ゆ)かむ 若草(わかくさ)の妻(つま)がりと言はば足飾りせむ
2362
山背(やましろ)の久世(くせ)の若子(わくご)が欲しと言ふ我(わ)れ あふさわに我(わ)れを欲しと言ふ山背の久世
2363
岡(をか)の崎(さき)廻(た)みたる道(みち)を人な通ひそ ありつつも君が来(き)まさむ避道(よきみち)にせむ

意味

〈2361〉
 天の川を渡る一本だけの不安定な棚橋をどのようにして渡ろうか。いとしい妻のもとへというなら、しっかり足装いをして渡ろう。
〈2362〉
 山背の久世の若君が私が欲しいんだとさ、軽はずみにもこの私が欲しいんだとさ、山背の久世の若君が。
〈2363〉
 岡の向こうを回っていく道を、誰も通らないでほしい。そのままにしておいて、あの人がやってくる特別な道にしておきたいから。

鑑賞

 2361・2362は『柿本人麻呂歌集』から、旋頭歌(5・7・7・5・7・7)の形式の歌2首。2361の「天にある」は「一つ棚橋」の枕詞。原文「天在」で、アメナルと訓むものもあります。「一つ棚橋」は、板を並べただけの非常に不安定な橋。ここでは七夕伝説の烏の橋(鵲の橋)や、神話的な「天の浮橋」を連想させます。「いかにか行かむ」は、どのようにして渡って行こうか。「若草の」は「妻」の枕詞で、若々しく、瑞々しいことの象徴。「妻がり」は、妻の許。「足飾りせむ」の「足飾り」は、足結などを美しく飾る意か。アシヲカザラムと訓むものもあります。現実の障害を「天の橋」という幻想的な試練に置き換えた歌です。窪田空穂は、「男が夜、新たに得たと見える妻の許に出かけようとする際の心」であり、「『若草の』という枕詞は、ことに重く働いている。極度に気分的な、また技巧のすぐれた、人麿歌集にのみ見られる詠み方の歌である」と評しています。

 
2362の「山背」は、現在の京都府南部。「久世」は、京都府城陽市久世で、渡来系の人も住んでいた高度な文化地帯だったとされます。「若子」は、若者、青年。若々しく力強い男性への愛称。若様。「あふさわに」は、軽率に、気軽に、突然に。「私が欲しいなんて、いったい誰に言ってるの?」とプライドの高い女の歌の風情ですが、若様の軽はずみな求婚をたしなめた歌であり、久世の歌壇でのからかい歌ではないかとされます。また、リフレイン(繰り返し)による音楽的なリズムが感じられる歌でもあります。窪田空穂は、「こうした境を取材として捉え、生気に満ちた作とすることは、人麿歌集の歌以外には決して見られないことで、そのこと自体がすでに超凡なものである」と述べています。

 
2363は『古歌集』から採ったとある旋頭歌1首。『古歌集』については諸説ありますが、『万葉集』編纂の資料になった歌集で、飛鳥・藤原京の時代から奈良時代初期にかけての歌を収めたものと推定されています。「岡の崎」は、岡の突き出た所。見通しが悪く、曲がりくねった地形を暗示します。「廻みたる道」は、曲がっている道。「人な通ひそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。「ありつつも」は、そのままにしておいて、いつまでも。「君が来まさむ」は、貴方がいらっしゃる。「避道」は、人が普通に往き来する道ではなく、人目を避ける特別な道。脇道。原文「曲道」で「曲」は、曲がっている意味を表します。

 この歌の面白さは、現実の地形(岡のカーブ)を、恋の心理的な障壁として積極的に利用しようとしている点にあります。「人な通ひそ」という言葉は、道を通る見ず知らずの人々への勝手なお願いですが、そこには「この道は彼と私をつなぐ神聖な回路なのだ」という強い独占欲が込められています。公共の道を「私物化」したくなるほどの情熱です。まっすぐで見通しの良い道は人目に付きやすいですが、岡の先を回り込むような「たわんだ道」は、隠れるのに適しています。作者は、この地形の不便さこそが、彼が人目を忍んで通ってくるのに最適だと考えているのです。

 巻第11、12の相聞歌の中には「道」に関わる歌が多く見られます。「避道(よきみち)」「直道(たたぢ)」という、男が女のもとに通う特別の道をあらわす言葉、道を往来して恋を告げる「使」、あるいは、道で偶然出会った女への惑い、「路行き占(うら)」という道での占いなど、その種類も多様です。さらには、多くの道が交わる「八十の衢(ちまた)」や、そこに立つ「市」など、「道」は万葉相聞歌の成り立ちにとって欠かせない空間だったといえます。
 


『万葉集』以前の歌集

  • 『古歌集』または『古集』
    これら2つが同一のものか別のものかは定かではありませんが、『万葉集』巻第2・7・9・10・11の資料とされています。
  • 『柿本人麻呂歌集』
    人麻呂が2巻に編集したものとみられていますが、それらの中には明らかな別人の作や伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではありません。『万葉集』巻第2・3・7・9~14の資料とされています。
  • 『類聚歌林(るいじゅうかりん)』
    山上憶良が編集した全7巻と想定される歌集で、何らかの基準による分類がなされ、『日本書紀』『風土記』その他の文献を使って作歌事情などを考証しています。『万葉集』巻第1・2・9の資料となっています。
  • 『笠金村歌集』
    おおむね金村自身の歌とみられる歌集で、『万葉集』巻第2・3・6・9の資料となっています。
  • 『高橋虫麻呂歌集』
    おおむね虫麻呂の歌とみられる歌集で、『万葉集』巻第3・8・9の資料となっています。
  • 『田辺福麻呂歌集』
    おおむね福麻呂自身の歌とみられる歌集で、『万葉集』巻第6・9の資料となっています。

 なお、これらの歌集はいずれも散逸しており、現在の私たちが見ることはできません。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。