| 訓読 |
2394
朝影(あさかげ)にわが身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去(い)にし子ゆゑに
2395
行き行きて逢はぬ妹(いも)ゆゑひさかたの天(あま)露霜(つゆしも)に濡(ぬ)れにけるかも
2396
たまさかに我(わ)が見し人をいかにあらむ縁(よし)を以(も)ちてかまた一目見む
2397
しましくも見ねば恋ほしき我妹子(わぎもこ)を日(ひ)に日(ひ)に来なば言(こと)の繁(しげ)けく
2398
たまきはる代(よ)までと定め頼みたる君によりてし言(こと)の繁(しげ)けく
| 意味 |
〈2394〉
朝日に映る影のように、私はやせ細ってしまった。玉がほのかにきらめくように、ほんの少し姿を見せて立ち去ってしまったあの子のために。
〈2395〉
行っても行っても、逢おうとしないあの娘のせいで、天の霜露にすっかり濡れてしまった。
〈2396〉
偶然に出逢ったあの人を、どんな手がかりを得て、また一目お逢いできるでしょうか。
〈2397〉
ほんのしばらくでも逢わないと恋しくてならないので、彼女の許へ毎日のようにやって来たなら、さぞかし人の噂が激しいことだろう。
〈2398〉
命のある限りと頼みにしているあなた、そのあなたゆえに、世間の噂がこんなにやかましいとは。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2394の「朝影」は、朝日に照らされて映る細長い影で、痩せ細った身の譬喩。恋にやつれた姿を喩える常套句だったと見られますが、朝の薄明りの覚束なく頼りない意とする見方もあるようです。「玉かぎる」は、玉がほのかに光を発する意で「ほのかに」にかかる枕詞。「ほのかに見えて」は、ほんの少し見えて。「去にし子ゆゑに」は、行ってしまった女のゆえに。恋人に去られた男の歌で、これと全く同じ歌が巻第12の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」の中に作者不明の作としてあり(3085)、重出や類歌があるのは、「朝影にわが身はなりぬ」が、当時流行った表現だったことを物語ります。
2395の「行き行きて」どんどん行って。原文「行々」で、漢詩などに多く見られる表現の影響による訓みとされますが、ユケドユケドと訓む立場もあります。「ひさかたの」は「天」の枕詞。「露霜」は、露と霜、または露が凍って霜のようになったもので、冷え冷えとした露を表現する歌語。「天の露霜に」と8音の字余りで訓むものもあります。詩人の大岡信は、「露霜は天から降ってくるものではないが、『ひさかたの天』という誇張法は、この歌の思いつめた恋の思いの表現としてはまさにありうべきもので、この大きな空間把握は、まさに人麻呂の独擅場」と評しています。
2396の「たまさかに」は、偶然に、思いがけなく。「いかにあらむ縁を以ちてか」の「縁」は、ここでは、手段、きっかけ。どのような手がかりによってか。どうすれば再会できるのかという、必死な模索を表します。「か」は、疑問の係助詞で、「一目見む」は、その結びで連体形。一目見ることができようか。万葉時代、男女が偶然顔を合わせる機会は、現代よりもずっと稀で、運命的な意味を持っていました。一瞬視線が合った、あるいは通りすがりに姿を見た。そんな「たまさか」の出来事が、作者の心に消えない火を灯してしまったのです。それだけに、機会は稀だったとはいえ、いわゆる一目惚れを詠んだ歌は『万葉集』に少なくなく、上の2393のほか、同じ巻第11の2565、2605、2694などにも見えます。
2397の「しましく」は、しばらく、少しの間。「恋ほし」は、コヒシの古形といわれます。「日に日に来なば」は、毎日通ったならば。「言」は、人の噂。「繁けく」は、形容詞「繁し」のク語法で名詞形。窪田空穂は、「この歌は、次の女の歌と贈答関係をもっているもので、女に贈ったものとみえる。二人の関係が盛んに言い立てられている頃、自分はそのためにいささかも動揺させられている者ではないということを、女に知らせようとして贈った歌と取れる」と述べています。
2398の「たまきはる」は原文「年切」で、「たま」は年齢、「きはる」は極まるで、極限のある意。人の寿命は定まっている意から「代」の枕詞。「代までと定め」は、一生(この世が終わる)までと決めて。「頼みたる」の主語は「君」で、私の頼みにさせた。「君によりてし言の繁けく」の「し」は、強意の副助詞。「繁けく」は「繁し」のク語法で名詞形。あなたのことで世間の人の噂がやかましいことだ、の意。2397の歌に対する女の答歌と取れ、「たまきはる代まで」という誓いは、極めて重いものです。しかし、その純粋で真剣な愛が深まれば深まるほど、周囲の監視や噂は激しくなります。
「君によりてし」という言葉には、これほどの非難を浴びる原因はあなたへの愛にあるのだ、という覚悟と、ほんの少しの恨み節、そしてそれを上回る愛情が入り混じっています。

「言」と「事」
上の2397と2398にある「言の繁けく」の「言」は、原文では「事」と書かれています。これについて、時代別国語大辞典には、「言(こと)と事(こと)とは、語源的に一つのものであろう。言に出して表現することによって、事柄の実現を信じた上代人の心裡には、言(こと)は事(こと)としてとらえられていたと考えられるからである。複合語の内部にあるコトや、長い連体修飾を受けたコトには、言と事との区別が明瞭でないものが多い」とあります。また岩波古語辞典にも、「古代社会では口に出したこと(言)は、そのままコト(事実・事柄)を意味したし、また、コト(出来事・行為)は、そのままコト(言)として表現されると信じられていた。それで、言と事とは未分化で、両方ともコトという一つの単語で把握された。従って奈良・平安のコトの中にも、言の意か事の意か、よく区別できないものがある。しかし、言と事とが観念の中で次第に分離される奈良時代以後に至ると、コト(言)はコトバ・コトノハといわれることが多くなり、コト(事)とは別になった」と記されています。
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