| 訓読 |
2404
思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日(ひとひ)の間(あひだ)も忘れて思へや
2405
垣(かき)ほなす人は言へども高麗錦(こまにしき)紐(ひも)解き開(あ)けし君ならなくに
2406
高麗錦(こまにしき)紐(ひも)解き開けて夕(ゆふへ)だに知らざる命(いのち)恋ひつつあらむ
2407
百積(ももさか)の船 隠(かく)り入る八占(やうら)さし母は問ふともその名は告(の)らじ
2408
眉根(まよね)掻(か)き鼻(はな)ひ紐(ひも)解け待つらむかいつかも見むと思へる我(わ)れを
| 意味 |
〈2404〉
心ひそかに思いを寄せ、さらに逢って心が寄っていったのだから、一日としてあなたを忘れたりするものか。
〈2405〉
垣根のように寄ってたかって噂が立っていますが、まだ高麗錦の紐を解いて共寝したお人というわけではないのに。
〈2406〉
高麗錦の紐を自分で解いて、この夕方までも測れない命ですが、私はあなたに恋い焦がれ続けていることでしょう。
〈2407〉
百石積の大きな船が入ってくる浦ではないが、いろんな占いをして母が責め立てても、あなたの名前は決して申しません。
〈2408〉
眉を掻き、くしゃみをし、紐も解けて待ってくれているだろうか、いつ逢えるのかと苦しんでいる私のことを。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2404の「思ひ寄り」は、相手に思いが寄っていき。「見ては寄りにしものにあれば」は、関係を結んでさらに思いが寄っていったので。「忘れて思へや」の「や」は反語で、忘れていようか、忘れはしない。この歌は、これまでの「苦しみ」や「死」といった重いトーンから少し変化し、一度結ばれた(あるいは深く知った)後の、抗い難い愛着を描いており、「寄り」「寄り」と言葉を重ねることで、相手にひたひたと吸い付くような濃密な愛着が表現されています。
2405の「垣ほなす」は、垣根のように取り囲んで、垣根のようにびっしりと並んで。世間の人々が自分を取り囲んで、隙間なく噂話をしている様子を譬えています。「高麗錦」は、朝鮮半島の高句麗から伝わった高級な錦織物。非常に美しく貴重なもので、「紐」にかかる枕詞的な役割も果たしますが、ここではそれほど大切な、価値のある紐というニュアンスを込めています。「紐解き開けし」は、当時の性愛の譬喩で、身を許して関係を結ぶことを言ったもの。「君ならなくに」は、あなたではないのだから。原文「公無」で、キミナケナクニ、キミニアラナクニなどと訓むものもあります。
2406の「高麗錦」は、高麗から渡来した高級な錦で、衣の紐とされたことから「紐」にかかる枕詞。「紐解き開けて」は、本来は性愛の譬喩ですが、ここは恋人を待つ呪術として紐を解くことを言っており、つまり紐が解けると相手に逢えるという俗信を逆用して自ら紐をほどいたもの。「夕だに」は、夕方ですら。原文「夕戸」の「戸」を「谷」の誤字としていますが、原文のままに、ユフトヲモ、ユフヘトモと詠む立場もあります。「知らざる命」は、自分がどうなっているか分からない命。原文「不知有命」を、シラズアルイノチと、単独母音アを含む字余り句に訓むものもあります。「恋ひつつあらむ」は、恋し続けていよう。原文「戀有」も同様に、コヒツツヤアラム、コヒツツカアラムと字余り句に訓むものもあります。
2407の「百積の船」の「百」は多いこと、「積」は容積の単位の称で、百石積の大きな船。「船隠り入る」は、船が港や入江の奥深くへ隠れるように入っていく様子。原文「船潜納」の訓みは、カヅキイル、カヅキイルルほか、誤字説もあって定まりません。上2句は「浦」の意を示し「八占」を導く序詞。「八占」は、いろいろな占いと解されていますが不明。八占という占いがあったのかもしれません。「八占さし」の「さし」は、指す意から、あてる意に転じたもの。いろいろの占いをして。「母は問ふとも」とあるのは、当時の娘にとって、母親は恋の最大の障壁であり、また守護者でもありました。ここから、母の追及は非常に厳しかったことが伺えます。「その名」は、あなたの名。「告らじ」は、申しません。
2408の「眉根」の「根」は、接尾語。「鼻ひ」は、くしゃみが出ること。「紐」は、下着の紐。「眉根掻き鼻ひ紐解け」とある「眉がかゆい」「くしゃみが出る」「下紐が自然にほどける」の3つの現象は、恋人に逢える前兆とされました。ちなみに、なぜ眉がかゆいと恋人に逢える前兆とされたのかは、中国古典の恋愛文学『遊仙窟』に「昨夜根眼皮瞤 今朝見好人(昨夜、目の上がかゆかった、すると今朝あの人に会えた)」という一文があり、その影響ではないかといわれます。「いつかも見む」は、いつになったら逢えるのだろうか。原文「何時見」で、イツシカミムトと訓むものもあります。この歌は、恋しく思いながらも何らかの事情で逢えない男の気持ちを歌っていますが、その事情は特定できず、状況に応じて詠われたらしく、巻第11-2808に異伝として載せられた歌があります。

『遊仙窟』
中国、初唐時代に、流行詩人の張鷟(ちょうさく)、字(あざな)は文成、によって書かれた恋愛伝奇小説。
筋書は、作者と同名の「張文成」なる人物が、黄河上流の河源に使者となって行ったとき、神仙の岩窟に迷い込み、仙女の崔十娘(さいじゅうじょう)と兄嫁の王五嫂(おうごそう)の二人の戦争未亡人に一夜の歓待を受け、翌朝名残を惜しんで別れるというもの。その間に84首の贈答を主とする詩が挿入されている。
本書は中国では早く散逸したが、日本には奈良時代に伝来し、『 万葉集』の、大伴家持が坂上大嬢に贈った歌のなかにその影響があり、山上憶良の『沈痾自哀文(ちんあじあいのぶん)』などにも引用されている。
その他、『和漢朗詠集』『新撰朗詠集』『唐物語』『宝物集』などにも引用され、江戸時代の滑稽本や洒落本にも影響を与えた。
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