| 訓読 |
2419
天地(あめつち)といふ名の絶(た)えてあらばこそ汝(いまし)と我(わ)れと逢ふこと止(や)まめ
2420
月見れば国は同じぞ山(やま)隔(へな)り愛(うつく)し妹(いも)は隔(へな)りたるかも
2421
来る道は石(いは)踏む山は無くもがも我(わ)が待つ君が馬つまづくに
2422
石根(いはね)踏むへなれる山はあらねども逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも
2423
道の後(しり)深津(ふかつ)島山(しまやま)しましくも君が目見ねば苦しかりけり
| 意味 |
〈2419〉
天や地というものが絶えてなくなってしまえば、その時こそ、あなたと私の二人が逢うこともなくなるだろう。
〈2420〉
月を見れば、国は同じであるのに、山にさえぎられ、愛しい妻は遠く隔てられていることだ。
〈2421〉
あの人がやって来る道は、石を踏む険しい山が無ければよい。私が待つあの人の馬がつまずくから。
〈2422〉
岩を踏みしめて越えなければならないような、険しく隔たった山があるわけではないけれど、逢えない日が続くので、ずっと恋い焦がれてばかりいる。
〈2423〉
備後の国の深津島山、その”しま”ではないが、ほんの”しばし”の間もあなたに逢えないと、苦しくてたまらない。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2419の「絶えてあらば」は、絶えたならば、無くなったならば。天地という言葉(あるいはその存在)がこの世から消えてしまったなら、その時こそは・・・という、極限の仮定です。「汝」は、女を指して言っているもので、相手を対等、あるいは親密に呼ぶ言葉です。「止まめ」の「め」は「こそ」の結びで、推量の助動詞「む」の已然形。「(そんなあり得ない状況なら)終わるだろうが、実際には終わらない」という強い反語的意志を導いています。2415〜2417の歌では「石上の瑞垣や神杉」という、人間の目に見える範囲の「永続性」を象徴としていました。しかし、本歌では、その視座を一気に「天地(宇宙そのもの)」へと広げています。「世界が滅びない限り、私の恋は終わらない」という宣言は、非常にダイナミックです。
2420の「月見れば」は、月を見ると(いつも思うのだが)。「国は同じぞ」は、住んでいる世界(国土)は同じなのだ。ここでは物理的に繋がっているはずだという論理的な確認。「山隔り」は、山にさえぎられ。「隔りたるかも」の「かも」は、詠嘆。原文「隔有鴨」で、「有」の字を尊重し、ヘナリテアルカモと、単独母音アを含む8音の字余りで訓むものもあります。この歌について窪田空穂は、「事象にはほとんど触れず、ただちに事象の生む気分の中心に入り、それをいうことによって一切をあらわす、人麿 歌集特有のものである。奈良朝時代の歌も同じ傾向となっているが、そちらは歌柄が小さく細くなっているのに、人麿歌集は柄が大きく豊かで、調べも暢び暢びとして、他の追随し得ぬものをもっている」と述べています。また、大伴池主の「月見れば同じ国なり山こそば君のあたりを隔てたりけれ」(巻第18-4073)は、この歌を踏まえて作られたと見られています。
2421の「来る道は」の原文「縿路者」は難訓で、コハタヂハ、マヰリヂハなどとも訓まれています。コハタヂハの場合、コハタを京都府宇治市の木幡という地名と見て、木幡へ来る街道には、と解しています。「石踏む(石根踏む)」は、岩がごつごつ出た険しい山道を通るのが危険だという定型的な言い方。「無くもがも」の「もがも」は強い願望の終助詞で、無くあってほしい。山を越えて来る男を待つ女が、その石の多い山路を思い、馬がつまずいて事故に遭わないかと案じている歌です。万葉時代、夜道を馬で通って女性のもとへ通う「通い婚」の習慣の中で、道中の安全を祈ることは女性側にとって切実な日常の祈りでした。「山がなくなればいい」という、子供のような理屈を超えた切実な願い。そこには、ただ待つことしかできないもどかしさと、相手が無事に到着した瞬間の喜びを予感させる、温かな情緒が溢れています。
2422の「石根」の「根」は、接尾語。「石根踏む(石踏む)」は、岩がごつごつ出た険しい山道を通るのが危険だという定型的な言い方。「へなれる山はあらねども」は、(二人を)隔てている山があるわけではないけれど。実際にはそれほど遠くに住んでいるわけではない、という状況を示しています。「逢はぬ日まねみ」の「まねみ」は、数の多いことを意味する形容詞「まねし」の語幹に、理由を表す接尾辞「み」がついた形で、逢えない日があまりに多いので、の意。「恋ひわたるかも」は、ずっと恋し続けていることだなあ。窪田空穂は、「公務を帯びて京近い地へ出張している官人の嘆きである」としています。
2423の「道の後」は、都から地方へ通じる道の、その遠い所の意。「深津」は、備後の国深津郡で、今の福山市付近。「島山」は、普通には島にある山のことですが、ここでは、海上から望む広い地の山のことをいっています。上2句は「しましく」を導く同音反復式序詞。「しましくも」は、しばしの間でも。「君が目見ねば」は、あなたと直接会わなければ。「目を見る」は「対面する」という万葉集でよく使われる表現です。「苦しかりけり」は、苦しいことだなあ。「けり」には、今改めてその苦しさに気づき、しみじみと実感しているニュアンスが含まれています。この歌で畿外の地名が歌われているのは、人麻呂が地方の歌の表現を採り入れつつ作ったものか。

『万葉集』クイズ
次の歌はいずれも防人の歌です。それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.かげ(影) 2.はな(花) 3.みづどり(水鳥) 4.いも(妹) 5.さきもり(防人) 6.こと(言) 7・からころむ(コロムはコロモの訛り:韓衣) 8.ひも(紐) 9.せ(背) 10.つくし(筑紫)
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