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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2479~2483

訓読

2479
さね葛(かづら)後(のち)も逢はむと夢(いめ)のみをうけひ渡りて年は経(へ)につつ
2480
道の辺(へ)のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我(あ)が恋妻(こひづま)は [或本歌曰、いちしろく人知りにけり継ぎてし思へば]
2481
大野らにたどきも知らず標(しめ)結(ゆ)ひてありかつましじ我(あ)が恋ふらくは
2482
水底(みなそこ)に生(お)ふる玉藻(たまも)のうち靡(なび)き心は寄りて恋ふるこのころ
2483
敷栲(しきたへ)の衣手(ころもで)離(か)れて玉藻(たまも)なす靡(なび)きか寝(ぬ)らむ我(わ)を待ちかてに

意味

〈2479〉
 さね葛のつるが延びて後に絡まり合うように、後に逢えるだろうと、夢の中ばかりで祈り続けているうちに年は過ぎてゆく。
〈2480〉
 道端に咲くいちしの花がとても目立つように、はっきりと世間の人は皆知ってしまった、私の恋妻のことを。(ずっと思い続けるものだから、はっきりと人が知ってしまった)
〈2481〉
 広い野に手掛かりも分からず標縄を張るように、見境もなくあの子と契ってしまい、とても堪えられそうもない、私の恋心は。
〈2482〉
 水底に生えている美しい藻がなびくように、私の心はあなたになびいてしまい、恋しくてならないこのごろです。
〈2483〉
 共寝の袖も離れ離れのまま、あの子は一人で玉藻のように黒髪をなびかせて寝ているだろうか、この私を待つことができずに。

鑑賞

 『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2479の「さね葛」は、マツブサ科の多年蔓草のビナンカズラで、延びた蔓の先端がまた絡まり合うことから「後も逢はむ」にかかる枕詞。「夢のみを」は、夢(で見ること)だけを。「うけひ渡りて」の「うけひ」は、誓いをして神に祈ることで、それをし続けて。「年は経につつ」は、年月がどんどん過ぎていく。男女の逢い難いことを嘆いている歌で、窪田空穂は、「嘆きを鎮めて、落ちついてゆっくりと後を待っている心である。落ちつくのは、その期間は長いものであるが、限りのあるものとしてのことらしい。それだと当時にあっては地方官でなくてはならない。国庁の高くない位置の人の心であろう」と述べています。

 
2480の「道の辺」は、道ばた。「いちしの花」は諸説ありますが、彼岸花とする説が有力です。上2句は「いちしろく」を導く同音反復式序詞。「いちしろく」は、はっきりと、顕著に、の意。「恋妻」は、相思相愛の間柄を表す称。窪田空穂は、「男の歌で、秘密にしていなければならない妻のことを、周囲の人に知られてしまったというのである。しかし嘆きはなく、明るい心でいっているものである。・・・夫婦関係に伴う信仰を、忘れかけているごとき心である。陶酔状態でいるためと見るべきであろう」と述べています。「いちしの花の いちしろく」というリズミカルな音の繰り返しが、非常に心地よい歌です。

 
2481の「大野ら」の「大野」は、人里離れた荒れた野。「ら」は、場所を表す接尾辞。「たどきも知らず」は、手掛かりも知られずに、どうしてよいか分からず。「標結ふ」は、占有する土地を示すために縄などを張ること。ここでは見境なく女を占有したことに喩えています。「ありかつましじ」の「あり」は生きる、「かつ」は、できる、「ましじ」は、ないだろう。原文「有不得」で、アリモカネツツ、アリゾカネツルなどと訓むものもあります。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。女の家や人柄などを見定めもせずに契ってしまった男の悩みの歌とされます。

 
2482の「水底」は、水の底。深い心の奥底を暗示する響きもあります。「生ふる玉藻」は、生えている美しい藻。「玉」は美称で、水中で光を浴びて輝く藻の美しさを表します。上2句は「うち靡き」を導く譬喩式序詞。「心は寄りて」は、心が(相手の方へ)寄り添って。作者は、自分を水の流れになびく藻に重ねており、藻は水の流れに逆らうことはできません。つまり、もう自分の意志ではどうにもならない、ただ相手を想う大きな流れに身を任せるしかないという、一種の諦念にも似た、純粋な愛の形が描かれています。

 
2483の「敷栲の」の「敷栲」は、敷物にする栲で「衣」にかかる枕詞。「衣手離れて」の「衣手」は、袖。袖と袖を交わして寝る状態から離れて。つまり独り寝の状態。「玉藻なす」は、玉藻のように。「靡きか寝らむ」の「靡く」は、ここでは(独りで)横たわる意の婉曲表現。「らむ」は現在推量で、〜していることだろうか。「待ちがてに」は、待つことができずに。妻の許に行くことのできなかった男の歌とされ、妻の独り寝の寂しさを「水底の藻」という美しい、しかしどこか冷たく寂寥感のある比喩で包み込んでいます。 「待ちかてに」という結びからは、相手が自分を待っているはずだという確信と、それに応えられない(逢いに行けない)自分の焦燥感の両方が伝わってきます。
 


序詞について

 序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。以下に序詞の用例を列記します。青色の句が序詞で、赤色の語句がそれに導かれた語です。

  • 香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも(巻11-2449)
  • 風をいたみ甚振る波の間無くわが思ふ君は相思ふらむか(巻11-2736)
  • かにかくに人は言ふとも若狭道の後瀬の山ののちも逢はむ君(巻4-737)
  • かにかくにものは思はじ飛騨人の打つ墨縄のただ一道に(巻11-2648)
  • かはづ鳴く六田の川の川柳のねもころ見れど飽かぬ川かも(巻9-1723)
  • 河の上のいつ藻の花の何時も何時も来ませわが背子時じけねやも(巻4-491)
  • 紀の国の飽等の浜の忘れ貝われは忘れじ年は経ぬとも(巻11-2795)
  • 君が着る三笠の山に居る雲の立てば継がるる恋もするかも(巻11-2675)
  • 雲間よりさ渡る月のおほほしく相見し子らを見むよしもがも(巻11-2450)
  • 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を(巻1-54)

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