| 訓読 |
2499
我妹子(わぎもこ)に恋ひし渡れば剣大刀(つるぎたち)名の惜(を)しけくも思ひかねつも
2500
朝月(あさづき)の日向(ひむか)黄楊櫛(つげくし)古(ふ)りぬれど何しか君が見れど飽かざらむ
2501
里(さと)遠(とほ)み恋ひうらぶれぬまそ鏡(かがみ)床(とこ)の辺(へ)去らず夢(いめ)に見えこそ
2502
まそ鏡(かがみ)手に取り持ちて朝(あさ)な朝(さ)な見れども君は飽くこともなし
2503
夕(ゆふ)されば床(とこ)の辺(へ)去らぬ黄楊枕(つげまくら)何しか汝(な)れが主(ぬし)待ち難(かた)き
| 意味 |
〈2499〉
あの子に恋い焦がれ続けていると、自分の名を惜しむ気持ちなどなくなってしまった。
〈2500〉
朝の月が日に向かうという、日向産の使い古した黄楊櫛のように、私たちの仲もずいぶん古くなってしまいましたが、どうしてあなたはいくら見ても見飽きないのでしょう。
〈2501〉
あなたの里が遠いので、恋しさにすっかりしょげこんでいます。せめてこの手鏡のように、床のそばにいて夢に出てきてほしい。
〈2502〉
手鏡を手に取って朝ごとに見るように、あの人を毎朝見ているのに見飽きることがありません。
〈2503〉
夕方になるといつも隣の寝床にいる黄楊枕よ、その枕の主がなかなかやってこないのに、お前はどうしてそんなに辛抱強く待ち続けていられるの?
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2499の「恋ひし渡れば」の「し」は強意で、恋し続けていると。「剣太刀」は、名が付いているので「名」の枕詞。片刃の小刀をカタナと言うように、刃の部分を古くナと称したので同音の「名」に冠したとする説が有力。「惜しけく」は、形容詞「惜し」のク語法で名詞形。世間的な評判や男としての面目が汚れることを惜しむ気持ち。「思ひかねつも」は、思うことができなくなった。古代社会において、自分の名(評判)を失うことは、社会的な死を意味しましたが、ここでは「名誉なんてどうでもいい、ただあなたが欲しい」という境地に達しています。それも、単に「名前が惜しくない」と言うのではなく、「剣大刀」という硬く鋭い言葉を添えることで、その決意の鋭利さや、引き返せない切迫感が強調されています。
2500の「朝月の」は、朝の西に傾いた月が朝日と向かい合う意で「日向」にかかる枕詞。「日向」は、国名で今の宮崎県。「日向黄楊櫛」は、日向の産物としての黄楊櫛。黄楊櫛は、ツゲの木で作った櫛で、現在も使われています。上2句は、櫛は油に浸みて古びやすいところから「古りぬれど」を導く譬喩式序詞。「何しか」は、どういうわけか。「か」は、疑問の係助詞で「飽かざらむ」がその結び。夫婦関係が久しくなっている妻が、朝、黄楊の櫛を扱いながら、夫に対して和んで言っている歌です。古代において、櫛は「魔除け」や「魂の象徴」であり、男性が女性に贈る愛の証でもありました。新品の鮮やかな黄楊櫛ではなく、「古りぬれど」と詠むことで、二人が共に過ごしてきた長い年月の積み重ねを表現しています。梳っているのは自分の髪ではなく、夫の寝乱れた髪でしょうか。たいへん微笑ましい歌です。
2501の「里遠み」は、里が遠いので。「恋ひうらぶれぬ」は、恋しくてしょげている。「まそ鏡」は、澄んではっきり映る鏡のことで、まそ鏡のように床の近くを離れない意で「床の辺去らず」にかかる枕詞。「夢に見えこそ」の「こそ」は、願望の終助詞。相手が自分を強く思っていれば、その人が自分の夢に現れるという古代の信仰が踏まえられています。離れている夜の孤独と、それを埋めるための「夢への祈り」を詠んだ一首であり、斎藤茂吉は「『床の辺去らず』の句におもしろ味がある」と評しています。
2502の「手に取り持ちて」は、手に取って用いて。上2句は「朝な朝な見る」を導く序詞。「朝な朝な」は、毎朝、朝ごとにの意で、「な」は「朝な夕な」「夜な夜な」のような時間を表す語の並列形に付いて副詞的用法を作る接尾語。「君は飽くこともなし」は、あなたは(私を)飽きさせることがない、あなたを見ることに飽きることがない。2633に「まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な見む時さへや恋の繁けむ」という類歌があり、本歌をもとに後に作り変えたものと見られています。新婚後同居して間もない夫婦と見られる、若々しい歌です。
2503の「夕されば」は、夕方になるといつも。「黄楊枕」は、黄楊の木で作った木枕。「何しか」は、どうして~なのか。「汝が主」は、枕の主人、つまり女が待ち焦がれる男のことを言っています。第4・5句の原文「射然汝主待困」で、ここは「射」を「何」の誤字とする説に従っていますが、そうではなく、イツシカキミヲマテバクルシモ、イツシカナレガヌシマチガタキなどと訓むものもあります。枕に向かって独り寝の寂しさを訴えるという形の恋歌は、男女がふだん別居して暮らした生活形態ならではの、古い日本の詩歌の伝統的な型の一つとなっています。

まくら(枕)
枕の材料には色々なものが用いられていたらしく、『万葉集』を見ても、薦枕(こもまくら)、菅枕(すがまくら)、木枕(こまくら)、黄楊枕(つげまくら)、石枕などが出てくる。石枕は七夕歌(巻第10-2003)にその例が見え、川原の石を枕にしたことがわかる。固くてとても眠れないようにも思われるが、後代には陶枕の例もあるから、旅寝などでは、こうした石枕も用いられたのだろう。木枕も固いが、これはかなり愛用されたらしい。黄楊枕はその一例。
「草枕」は「旅」に接続する枕詞である。野宿の際、文字通り草を束ねるなどして枕にしたのが、その起源だろう。「手枕」は「巻く」とあるように、共寝において互いの首に腕(手本=手首)を巻きつけて抱き寝することをいう。この抱擁の姿勢は、双体道祖神に特徴的に見られる。
マクラの語源については、「巻く」と結びつけ、マキクラ(巻き座)の約と見る説がある。クラは、一段高い座の意。本居宣長も「枕は、物を纏(まき)て、頭を居(すゑ)る座とせるよしの名なり」(『古事記伝』)と述べて、マキクラの約であることを認めている。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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