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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2508~2512

訓読

2508
皇祖(すめろき)の神(かみ)の御門(みかど)を畏(かしこ)みとさもらふ時に逢へる君かも
2509
まそ鏡(かがみ)見(み)とも言はめや玉かぎる岩垣淵(いはがきふち)の隠(こも)りてある妻
2510
赤駒(あかごま)が足掻(あが)速けば雲居(くもゐ)にも隠(かく)り行かむぞ袖(そで)まけ我妹(わぎも)
2511
隠口(こもりく)の豊泊瀬道(とよはつせぢ)は常滑(とこなめ)のかしこき道ぞ汝(な)が心ゆめ
2512
味酒(うまさけ)の三諸(みもろ)の山に立つ月の見(み)が欲(ほ)し君が馬の音(おと)ぞする

意味

〈2508〉
 恐れ多くも宮殿にお仕えしている時に、私とこんな契りを結んだあなたは・・・。
〈2509〉
 このような契りを結んだといって人に言うものか、岩の垣根で囲んだ淵のように隠している妻だから。
〈2510〉
 赤駒の足は速いから、雲の中をすっ飛んで走り行くぞ。着いたらすぐにこの袖を枕にして寝よう。
〈2511〉
 こんもりとした泊瀬の山道は、滑りやすくて恐ろしい道です。私が恋しいからといって、決して焦らないでください。
〈2512〉
 みもろの山に出てくる月のように、早く逢いたいと思っていたあなたの馬が駆ける音がする。

鑑賞

 『柿本人麻呂歌集』から、「問答歌(問いかけの歌とそれに答える歌によって構成される唱和形式の歌)」2組。2508・2509は宮中で職場恋愛に落ちた男女の歌で、2508が女の歌、2509が男の歌です。2508の「皇祖の神の御門」は、皇祖の天皇を祀る御殿。単に現在の天皇の皇居を指すとの見方もありますが、それなら「皇祖」と記すことはなかろうとも言います。ここでは「宮中」という極めて厳粛で公的な場所を指します。「畏みと」は、恐れ多く思って。「さもらふ」は、奉仕する。「逢へる君かも」は、夫婦関係を結んでいる男と顔を合わせた意。場所柄、言葉を交わすことはできなかったと見えます。ただし、「逢ふ」というのは、古語では「深い男女関係になる」という意味なので、恐れ多くも皇祖を祀る御殿内で、しかも勤務中に体の関係をもったということなのかもしれません。

 
2509の「まそ鏡」は「見」の枕詞。「見とも言はめや」の「見とも」は「見るとも」の古格。「や」は反語で、顔を見るとも、それを人に言おうか、言いはしない。「玉かぎる」は「岩垣淵」の枕詞。「玉かぎる」の原文「玉限」とあるので、ここは玉をある大きさに切る意で、そのような岩に囲まれた渕が美しいことを言うのだろうとされます。「玉かぎる岩垣淵の」の「岩垣淵」は、岩に囲まれて外からは見えない深い淵。それに籠る意で「隠り」を導く序詞。「隠りてある妻」は、宮廷の人目につかないよう隠している妻。周囲の目を警戒し、「自分たちだけの秘密として守り通す」という決意を新たにしている歌です。「岩垣淵」という比喩は、2495の「繭(まゆ)」と似ていますが、より守られている、神秘的であるというニュアンスが強まっています。周囲から遮断された深い淵の底で、ひっそりと湛えられている水のように、自分たちの愛も静かに、しかし深く満ちているのだという自負が感じられます。

 2510~2512の2510は女の許へ向かう男の歌、2511・2512は男を待っている女の歌。
2510の「赤駒」は、赤みがかった毛色の馬。「足掻き速けば」は、地面を掻くように動かす馬の歩みが速いので。「雲居にも隠り行かむぞ」は、雲に隠れるほど速く飛んで行こうと思う。「袖まけ」は、直訳すれば「着物の袖を枕に寝よ」ですが、ここは一緒に寝よう、共寝しよう、の意。女の許へ行く道中の逸る気持ちを詠んだ歌とされますが、全く異なる解釈もあり、男が別れ際に女に言った歌であり、たちまち雲に隠れて行くだろうから、袖を巻き収めて、振ることはしなくてよい、のように解する立場もあります。赤駒の足掻きが速すぎて、その甲斐がないからというのです。

 
2511の「隠口の」は、神霊の隠(こも)る処(ところ)の意で「泊瀬」にかかる枕詞。「豊泊瀬道」の「豊」はほめ言葉で、「泊瀬道」は、伊勢・東国に向かう奈良県桜井市初瀬と宇陀郡榛原町の間の泊瀬川峡谷の道。当時は険しい難所として知られていました。「常滑」は、水苔がついて滑らかに滑りやすくなった石。「恐き道」は、危険な道、油断できない道。「汝が心ゆめ」の「ゆめ」は、あとに禁止の語を伴って、決して~するな、の意。「あなたの心をしっかり引き締めて、決して緩めてはいけない」という強い戒めです。なお、原文「戀由眼」を、「恋ふらくはゆめ」と訓んで「決して恋しく思わないで」のように解するものもありますが、ここは「尓心由眼」とある本のナガココロユメと訓むのに従っています。

 なお、ここで「恐き道」と言っているのは、単に物理的に危険というのではなく、山や野、川原などは人々が暮らす日常的な空間とは異なる異郷(神の側の空間)と捉え、人を近づけないとする神の意志のあらわれだと考えていたことによります。異郷に赴くのには恐れを抱き、旅での歌が多いのも、その土地の霊を鎮め、無事に通してもらうためだったからです。また家郷の妻をうたうのも、自分が属する共同体に魂を守ってもらうためでした。

 
2512の「味酒の」は、ウマキサケノの意で、ふつうは神酒を意味するミワにの枕詞ですが、ここは桜井市にある三輪山の別名「三諸」にかかる枕詞。三輪山は、古くから神が鎮まる聖なる山として崇められていました。「立つ月の」は、現れる月の。上3句は「見が欲し」を導く譬喩式序詞。「見が欲し君」は、逢いたいと思う君。「君が馬の音ぞする」は、あなたの乗馬の足音がする。静まり返った夜の闇に、蹄の音がコツコツと響いてくる様子で、待ち人がついに現れた瞬間の、心臓の鼓動が高鳴るような感動を表します。以上3首、物語のように場面が進行する美しい連作となっています。
 


『万葉集』に出てくる土地

 『万葉集』に出てくる土地は、北海道と青森・秋田・山形・岩手・沖縄の5県にはありませんが、その他は国内全土に及び、その地名の数は延べ約2,900、同一呼称の地名を一つに数えると約1,200になります。その中で、大和の国(奈良県)の地名数が延べ約900、同一呼称を一つに数えると約300の多数にのぼります。万葉の時代にあたる、舒明天皇以後、淳仁天皇の天平宝字3年(759年)まで130年間、都が一時、難波・近江・山城に遷ることはあったものの、あとは全部大和一国のなかにありましたから、当然といえます。その大和の万葉の舞台は、今の奈良県のなかの、初瀬・桜井の一帯、山の辺の道一帯、飛鳥から大和三山の間の藤原京の地域、宇陀郡地域、葛城・宇智方面、吉野川流域、奈良市周辺、生駒・竜田の地域などに大体分けられます。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。