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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2517~2521

訓読

2517
たらちねの母に障(さは)らばいたづらに汝(いまし)も吾(われ)も事(こと)や成るべき
2518
我妹子(わぎもこ)が我(わ)れを送ると白栲(しろたへ)の袖(そで)漬(ひ)つまでに泣きし思ほゆ
2519
奥山の真木(まき)の板戸(いたと)を押し開きしゑや出(い)で来(こ)ね後(のち)は何せむ
2520
苅薦(かりこも)の一重(ひとへ)を敷きてさ寐(ぬ)れども君とし寝(ぬ)れば寒けくもなし
2521
杜若(かきつはた)丹(に)つらふ君をいささめに思ひ出(い)でつつ嘆(なげ)きつるかも

意味

〈2517〉
 お母さんに邪魔をされたら、ただむなしく、あなたも私も結婚を遂げることができようか、できはしない。
〈2518〉
 あの子が私を見送ってくれて、着物の袖がぐしょぬれになるまで泣きじゃくった姿が思い浮かんでならない。
〈2519〉
 立派なその板戸を押し開いて、さあもう出てきてくれよ。後はどうなってもかまうものか。
〈2520〉
 薦の粗末なむしろをただ一枚敷いて寝ても、あなたと一緒ですから、ちっとも寒くはありません。
〈2521〉
 杜若のように顔がほんのり紅く麗しいあなたを、ふと思い出しては溜め息をついています。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(正に心緒を述ぶる)」歌5首。「正述心緒」歌は「寄物陳思(物に寄せて思いを述ぶる)」歌に対応する、相聞に属する歌の表現形式による下位分類であり、巻第11・12にのみ見られます。一説には柿本人麻呂の考案かとも言われます。

 
2517の「たらちねの」は「母」の枕詞。「母に障らば」は、母から邪魔をされたら。「いたづらに」は、むなしく、何の甲斐もない状態に。「事や成るべき」は、結婚が遂げられようかで、「や」は反語。窪田空穂は、「関係は結んだが、女はまだ母に告げず、したがって逢うに不自由なところから、母を軽視するに似たこともしかねなく見えた時、男が戒めていった語である。女の感情一ぺんになっているのを、男は分別心をもっていて言っているのである。語調の強いのは、訓戒だからである」と説明しています。また人麻呂歌集歌と比較し、「一と口にいうと、散文的である」と言い、「このことが著しく目立つ」と述べています。

 
2518の「我れを送ると」は、私を(旅先や別れの場へ)見送る時に。「白栲の」の「白栲」は、梶の樹皮などの繊維で織った白い布。ここでは「袖」にかかる枕詞。「漬つまでに」は、ぐっしょりと濡れるほどに。「漬つ」は、水に浸かって濡れる意。「思ほゆ」は、自然と思い出される、懐かしまれる。自発の助動詞「ゆ」が含まれ、意識せずともこみ上げてくる感情を表します。旅立った男が、当分逢えない別れをしてきた妻を思い出している歌です。

 
2519の「奥山の」は、産地を示し「真木」の枕詞。「真木の板戸」は、檜などの良質な木で作られた板戸。「しゑや」は、捨て鉢な気持ちを表す感動詞。戸外で逢引しようとしている男の歌で、家の者には関係を秘密にしている場合が多かったため、戸外で逢うのは庶民にとって普通のことだったようです。窪田空穂は、「明け方近く、人目につく怖れがあるので、あせっていっている」と述べています。

 
2520の「苅薦」は、刈り取った薦で作ったむしろ。「一重」や「乱る」にかかる枕詞的に使われることもありますが、ここでは実際に敷物として使われる「薦」を指しています。「一重を敷きて」は、薄い薦をたった一枚だけ敷いて。本来なら寒さを防ぐには不十分な、粗末で心もとない寝床の状況を強調しています。「さ寐れども」の「さ」は、接頭語。「君とし寝れば」の「し」は、強意の副助詞。あなたと一緒に寝ると。「寒けく」は「寒し」のク語法で名詞形。

 
2521の「杜若」は、その美しい意で「丹つらふ」にかかる枕詞。「丹つらふ」は、顔が紅に照り映えている。「いささめに」は、ふと、かりそめに。原文「率尓」で、ユクリナクと訓むものもあります。「思ひ出でつつ」は、思い出しては。「つつ」は動作の反復を表し、何度も繰り返し思い出している様子を示します。「嘆きつるかも」は、溜息をついてしまったことよ。窪田空穂は、「男と関係を結んで、ほどもない頃の若い女の、男に贈った形の歌である。恋に満足し、陶酔している気分の表現で、『いささめに思ひ出でつつ』はじつに好い続きである」と評しています。
 


相聞歌の表現方法

 『万葉集』における相聞歌の表現方法にはある程度の違いがあり、便宜的に3種類の分類がなされています。すなわち「正述心緒」「譬喩歌」「寄物陳思」の3種類の別で、このほかに男女の問と答の一対からなる「問答歌」があります。

  • 正述心緒
    「正(ただ)に心緒(おもひ)を述ぶる」、つまり何かに喩えたり託したりせず、直接に恋心を表白する方法。詩の六義(りくぎ)のうち、賦に相当します。
  • 譬喩歌
    物のみの表現に終始して、主題である恋心を背後に隠す方法。平安時代以後この分類名がみられなくなったのは、譬喩的表現が一般化したためとされます。
  • 寄物陳思
    「物に寄せて思ひを陳(の)ぶる」、すなわち「正述心緒」と「譬喩歌」の中間にあって、物に託しながら恋の思いを訴える形の歌。譬喩歌と著しい区別は認められない。

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