| 訓読 |
2537
たらちねの母に知らえず吾(わ)が持てる心はよしゑ君がまにまに
2538
ひとり寝(ぬ)と薦(こも)朽ちめやも綾席(あやむしろ)緒(を)になるまでに君をし待たむ
2539
相(あひ)見ては千年(ちとせ)や去(い)ぬる否(いな)をかも我(わ)れや然(しか)思ふ君待ちかてに
2540
振分(ふりわけ)の髪を短(みじか)み春草(はるくさ)を髪に束(た)くらむ妹(いも)をしぞ思ふ
| 意味 |
〈2537〉
母に知られないように密かにずっとあなたを思っています。どうなろうと構わない、あなたの思うままにしてください。
〈2538〉
一人で寝ているだけでは、床の敷物が傷むこともありません。その綾席を敷いて、紐になるまであなたをお待ちします。
〈2539〉
あなたとお逢いしてからもう千年が過ぎたのでしょうか。そうではなく、私だけがそう思っているだけなのかな。あなたを待ちかねて。
〈2540〉
あの娘は短い振分髪で、まだ結えないので、春草を足して髪に束ねてでもいるだろうか、可愛くてあどけないあの娘のことが恋しくしのばれる。
| 鑑賞 |
作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」4首。2537の「たらちねの」は「母」の枕詞。「知らえず」の「え」は、受身。知られないように。「よしゑ」は、どうなろうとも。半ば諦め、半ば開き直ったような強い決意を含んだ言葉。「君がまにまに」は、君が思うままに、の意。「親への背徳感」と「恋への没入感」の対比を歌っており、この時代、未婚の女性にとって母に隠れて恋をすることは、世間体や家族の秩序を乱すスリリングな行為でした。冒頭で「母に知らえず」と断ることで、この恋が公認のものではない「秘密の情熱」であることを強調しています。窪田空穂は、「娘からいえば、世に母ほど頼もしい者はないのであるが、その母をもさしおいてというのは、最大な誓いなのである」と述べています。
2538は、女性が、最近ご無沙汰で訪れなくなった男に不満を言っている歌です。「薦」は、寝床としている薦。「綾席」は、綾織りの筵。今の畳表のような物で、薦の上に上敷として敷いたもの。「緒になるまでに」は、それが編み糸だけになってしまうまで。「君をし待たむ」の「し」は、強意の副助詞。二人が抱き合って寝れば綾席は擦り切れて傷むのに、一人寝では傷まない。だから一人で転がりながら、それが紐になるまで待つと言っています。意味深長で、またずいぶん誇張した表現であり、やんわりと言っているようで、男をチクリと刺しています。
2539の「相見ては」は、相逢って以来。「千歳や去ぬる」の「や」は疑問で、千年が過ぎたのであろうか。「否をかも」は、いや、そうではないのか。自問自答の形をとっています。「我れや然思ふ」は、私だけがそのように思うのだろうか。「君待ちかてに」は、君を待つに堪えずして。女性の立場の歌ですが、巻第14-3470にも同じ形で載っており、そちらでは『柿本人麻呂歌集』に出ているとあります。詩人の大岡信は、疑問の呈し方も、それへの答えも、なみなみならぬ抒情詩人の力量を感じさせ、人麻呂の歌としても十分通る歌だろうと述べています。
2540の「振分の髪」は、髪を肩のあたりまで垂らして切り、まだ髪を結べない童女の髪型。「髪を短み」は、髪が短いので。「・・・を~み」は、「・・・が~ので」という意味のミ語法。「春草を髪に束くらむ」の「束く」は、髪を束ねあげる、髪を結い上げる。娘が髪を結い上げるのは一人前の大人の女になることを意味し、もう結婚してもよいという証しにもなります。「春草を」とあるのは、まだ短い髪に春草を加えて長さを補っていることを言っています。「妹をしぞ思ふ」の「し」も「ぞ」も、共に強意の助詞。「ぞ思ふ」は係り結びで、「思ふ」は連体形。あの娘が大人になったら結婚したいという心の告白とみられますが、斎藤茂吉は、「あの時代には随分小さくて男女の関係を結んだこともあったと見做(みな)してこの歌を解釈することもできる」と言っています。

枕詞の「たらちねの」について
『万葉集』に24例あり、すべて「母」にかかる枕詞ですが、その語義・かかり方とも未詳とされます。他に「たらちし」「たらちしの」「たらちしや」の例がありますが、1例ずつのため、「たらちねの」が元の形と見られています。表記は、「ち」に「乳」の字をあてたものが半数近くあるので、母に乳を意識し、それが垂れるのは母がその乳を子にたっぷり飲ませた証しだとして「垂乳ね」(ネは親しい人を呼ぶのに用いる語または尊称)とみる説が古来あるものの確証はありません。集中最も古い例は『柿本人麻呂歌集』所収の歌に「足常の母・・・」(巻第11-2495)とあり、タラツネノとも訓みます(上の24例には入れていません)。「足常」は、母を常に十分足りている人の意を表したものとして、「ち」を乳と見ることを否定する説もあります。
中古になると「たらちねの」は「親」にかかるようになり(もっとも、実質的にその親は母親である場合が多い)、その一方で、「母」だけを意味する「たらちめ」という語と、「父」の意の「たらちを」という語もできました。
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