| 訓読 |
2541
た廻(もとほ)り行箕(ゆきみ)の里に妹(いも)を置きて心(こころ)空(そら)なり地は踏めども
2542
若草の新手枕(にひたまくら)を巻きそめて夜(よ)をや隔てむ憎くあらなくに
2543
吾(あ)が恋ひし事(こと)も語らひ慰(なぐさ)めむ君が使ひを待ちやかねてむ
2544
うつつには逢ふよしもなし夢(いめ)にだに間なく見え君恋ひに死ぬべし
2545
誰(た)そ彼と問はば答へむ術(すべ)をなみ君が使(つかひ)を帰しつるかも
| 意味 |
〈2541〉
わざわざ回り道をして行箕(ゆきみ)の里に彼女を置いて旅に出たが、彼女のことが心配で心は上の空である。土は踏んでいるものの。
〈2542〉
新妻の手枕をまき始めて、これから幾夜も逢わずにいられようか、可愛くて仕方ないのに。
〈2543〉
恋しかったこともお話して、心を慰めたいと思うあの方のお使いなのに、そのお使いすら待っていても来ないのか。
〈2544〉
現実にはお逢いする機会もありません。せめて夢にだけでも絶えず出てきて下さいあなた。もう恋しくて死んでしまいそうです。
〈2545〉
あの人は誰かと問われても、答えようがないので、あなたからの使いをそのまま帰してしまいました。
| 鑑賞 |
作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2541の「た廻り」の「た」は、接頭語。めぐって行き廻る、行きつ戻りつする意で、「行箕」の枕詞。「行箕」は所在未詳ですが、明日香西北方の甘樫丘付近の地とする説があります。地名の「ゆき(行き)」が、歌全体の「去っていく」という動的なイメージと響き合っています。「妹を置きて」は、妹をその場に残して。「心空なり」は、心はうわの空になっている。身体の動きと心の置き所の大きなギャップを、視覚的かつ体感的に描写している歌であり、「地は踏めども」という結びが非常に効いています。
2542の「若草の」は、「新」の枕詞。瑞々しく、柔らかいイメージを付与します。「新手枕」は、新妻の手枕。「巻きそめて」は、腕を枕にし始めて。男女が腕を交わして寝ることを「枕をまく」と言います。「夜をや隔てむ」の「や」は反語で、(逢わない)夜を間に置くことができようか、いや、できない。なお、結句の「憎くあらなくに」の原文は「二八十一不在國」と書かれており、「二八十一」の「八十一」を、九九=八十一であることから「くく」と読ませています。それで「に・くく」。まるでとんちクイズのようですが、このように本来の意味とは異なる意味の漢字をあてて読ませることを「戯書(ぎしょ)」といいます。また、この時代から掛け算の九九があったことにも驚かされますが、すでに奈良時代以前に中国から伝わっていたといいます。そして、平安時代には貴族の教養の一つとされていたようです。九九を練習した跡が残る木簡が各地で出土しており、中には「八九、七十四」と間違えているものもあり、懸命に練習した様子が窺えるそうです。
2543の「語らひ慰めむ」は、語り合って心を落ち着かせよう。ここでの語らう相手は、恋人本人ではなく、やってくるはずの「君が使ひ(使者)」です。「君が使ひ」は、愛する人が差し向けた、手紙や伝言を携えた使い。「待ちやかねてむ」の「や」は詠嘆的疑問、「む」は推量で、待っても来ないのだろうか。本来、使いの者は単なる伝達者に過ぎないのですが、作者にとっては、その使いこそが「愛する人の分身」であり、最も身近に相手のことを感じられる存在です。使いの人に自分の恋心を熱烈に語ることで、少しでもこの胸の苦しさを和らげたいという発想には、直接会えないもどかしさが極限まで達している様子が窺えます。窪田空穂は、「夫を相応に遠い旅にやっている妻の心である。夫と直接逢う望みは全然ないので、それは諦め、せめて夫からの使が来ればと待ち、来れば夫のこちらを恋うていることも聞き、わが恋うていることも話して心やりにしたいと思うが、その使も駄目だろうというのである」と述べています。
2544の「うつつには」は、現実には。「逢ふよしもなし」は、逢う方法も機会もない。「夢にだに」は、せめて夢にだけでも。「間なく見え君」の「間なく」は、絶えず。「見え」は「見ゆ」の命令形で、見えよ。万葉の人々は、夢に人を見るのは相手がこちらを思うせいだと考え、また、こちらが人を思うと、その人の夢に自分が見えると考えました。夢に出てきて下さいと言っているのは、こちらを思ってほしいと願っています。「恋ひに死ぬべし」は、恋しさに死んでしまうに違いない。『万葉集』おいて「死ぬ」という言葉は、文字通りの死というより、それほどまでに苦しく、魂が削られるような思いであることを強調する定型的な表現でもあります。旅先の夫を思う女の歌とされます。
2545の「誰そ彼」は、あの人は誰かで、「たそがれどき(人の顔が見分けにくい時刻)」の語源になった言葉。ここでは、見慣れない訪問者を怪しむ声を指します。「問はば」の主体を、不特定の人と見るか、母親などの家族と見るかに分かれますが、後句との関係では作者(女)の母親と見るのが自然です。「答へむ術をなみ」は、返事のしようがないので。「帰しつるかも」は、帰してしまったことだなあ。完了の「つる」と詠嘆の「かも」が組み合わさり、本当は帰したくなかったのに、そうせざるを得なかったという後悔と戸惑いが強調されています。2537の歌で「母に知らえず」と詠まれていたように、当時の恋は周囲に隠さなければならない「忍ぶ恋」が一般的でした。
もし見慣れない男(使いの者)が門口に立っていれば、家族や隣人から「誰なの?」と詮索されます。それに答える正当な理由(言い訳)が思いつかないという恐怖が、恋心に勝ってしまった瞬間を描いています。

『万葉集』の歌番号
『万葉集』の歌に歌番号が付されたのは、明治34~36年にかけて『国歌大観歌集部』(正編)が松下大三郎・渡辺文雄によって編纂されてからです。「正編」には、万葉集・新葉和歌集・二十一代集・歴史歌集・日記草紙歌集・物語歌集を収め、集ごとに歌に番号が付されました。これによって、国文学者らは、いずれの国書にでている和歌なのかをたちどころに知ることができるようになりました。『万葉集』の歌には、1から4516までの番号が付されています。ただ、当時のテキストとなった底本は流布本であり、またそれまでの研究が不十分だったために、一首の長歌を二分して二つの番号を付す誤りや、「或本歌」の取り扱いなどの問題もあり、4516という数字が『万葉集』の歌の正確な総数というわけではありません。しかし、ただ番号を付すというそれだけのことで、その後の国文学研究は大きく進展したのです。
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