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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2546~2549

訓読

2546
念(おも)はぬに到らば妹が歓(うれ)しみと笑(ゑ)まむ眉引(まよびき)思ほゆるかも
2547
斯(か)くばかり恋ひむものぞと念(おも)はねば妹(いも)が手本(たもと)をまかぬ夜(よ)もありき
2548
かくだにも吾(あれ)は恋ひなむ玉梓(たまづさ)の君が使(つかひ)を待ちやかねてむ
2549
妹に恋ひ我(あ)が泣く涙(なみだ)敷栲(しきたへ)の木枕(こまくら)通り袖(そで)さへ濡れぬ [或本歌曰 枕通りてまけば寒しも]

意味

〈2546〉
 突然にあの娘のところに行ったら、きっと嬉しさに、眉を動かしてニッコリと微笑むに違いない。その愛らしい顔が思い出されてならないなあ。
〈2547〉
 こんなに恋しくなるとは思わなかったから、一緒にいても、お前と寝ない夜も平気であったというのに。
〈2548〉
 これほどまでに切ない気持ちで私はあの方を恋い慕っていくのだろう。けれども、あの方の手紙を持った使いをこれ以上待ちきれそうもない。
〈2549〉
 彼女が恋しくて流す涙は木枕を通り、袖までも濡らしてしまう。(枕を通って、当てると冷たい)

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」4首。2546の「念はぬに」は、思いがけずいるところへ。「到らば」は、 行ったならば。「妹が歓しみと」は、妹が喜んで。「笑まむ眉引」の「眉引」は、眉墨で三日月形に描いた眉。ここでは、微笑むことで動く眉(表情)、転じて魅力的な笑顔を象徴しています。「思ほゆるかも」は、自然と思い出されるなあ。斎藤茂吉は、昔も今もかわりない人情の機微が出ていて、にこにこと匂うような顔容を「笑まむ眉引」といっているのは実に旨く、古語の優れている点であると言っています。2526の「待つらむに至らば妹が嬉しみと笑まむ姿を行きて早見む」と同想の歌であり、2526が初句「待つらむに」を承けて「笑まむ姿を行きて早見む」と詠んでいるのに対し、本歌は初句「念はぬに」を承け「笑まむ眉引思ほゆるかも」と結んでいます。

 
2547の「かくばかり」は、こんなに、これほどまでに。「恋ひむものぞと」は、恋い慕うことになるものだとは。「念はねば」は、思っていなかったので、予想していなかったので。「手本をまかぬ夜もありき」の「手本をまかぬ」は、妻の手枕をしないで寝る、共寝をしないこと。「夜もありき」は、そんな夜もあったなあ。「き」は過去の回想で、当時はそれを何とも思っていなかったニュアンスが含まれます。一緒にいた時はそっけなくしたこともあったけれど、旅に出て逢えなくなり、しみじみと妻が恋しくなったことを噛みしめている歌です。

 
2548の「かくだにも」は、こんなにも。「恋ひなむ」は、恋し続けよう、恋してしまうだろう。「玉梓の」は「使ひ」の枕詞。古代、使者が便りを持つ際、梓(あずさ)の枝に結びつけて持ったことから。手紙そのものを指すこともあります。「待ちやかねてむ」は、待ちきれるだろうか、いや、もう限界だ。「かくだにも」という言葉には、「直接会えないのなら、せめて想い続けることだけは全うしよう」という、自分自身への言い聞かせのような響きがあります。しかし、そう決意すればするほど、相手からの何らかの反応(使い)が欲しくてたまらなくなるという、逆説的な苦しみを描いています。

 
2549の「敷栲の」は「木枕」の枕詞。「木枕」は、薦枕とともに普通に用いられたもの。「通り」は、通り抜けて、浸透して。涙が木製の枕を通り抜けて、その下の袖まで濡らすというのは、物理的にはあり得ないような誇張表現ですが、それほど涙の量が多いことを示しています。片思いの男性の作とされますが、窪田空穂はこの歌を評し、「ただ涙の多さだけで、それによって恋の深さをあらわそうとしているもので、言いかえると気分を出そうとしたのだが、気分とはならず、語の誇張に終わった感のある歌である。気分本位の詠風の弱所を示した歌といえる」と言っています。
 


共寝の姿

 (『万葉集』の歌からは)共寝の具体的な行為については少しも分からない。それは当然といえるかもしれないが、エロティックな雰囲気の歌もほとんどないし、乳房をうたったものさえない。これはむしろ異常といえるほどだ。中世初期の歌謡集『梁塵秘抄』には、男の性器そのものをうたった謡も、共寝のエロティックな雰囲気を出した謡もある。民間に伝えられる祭りや民謡には性の活力をもったものが多い。それがみられないということは、何よりも庶民の素朴な生活感情に根差した歌が収められた歌集として『万葉集』をみる見方の誤りであることを示している。そして次に、歌はきわめて儀式的なもので、性器や性行為の具体性はうたってはならないものであったことを示している。それは歌が〈共同性〉に深くかかわるものであったからだろう。恋でいえば、共寝に到る手続きだけをうたうものであり、その手続きと歌との結びつきが濃かったのである。

 これは平安期の物語や日記類とも通底している。恋愛を主題にしているといってもよいぐらいに恋のことばかり描きながら、具体的な描写はほとんどない。恋愛が個別性としてではなく、儀式として描かれているからだ。仏教説話集である『日本霊異記』にはそれらの話が描かれている。吉祥天女の像に恋し、その願いが夢でかなえられて、翌朝みると、像の裾が精液で汚れていた話(中巻13話)、母が愛欲でもって子のものを口に含む話(中巻41話)、野中の堂に女たちが集まって写経しているとき、情欲が起こった経師がある女の裾をあげて後から交合してしまう話(下巻18話)など、きわめてエロティックではないか。『日本霊異記』は説教の台本といわれるが、もしそうだとすると、仏教の布教にこのようなエロティックな話が語られていたことになる。性の話は世界的に普遍的で、人びとに受け容れられやすいものだからだ。

 すると歌はそれらの具体性を排除して成り立っているといわざるをえない。繰り返しになるが、歌は恋の儀式、つまり〈共同性〉としての恋に深くかかわるものだったからとしか、その理由を考えられない。恋のこういう場合ではこういう歌を詠むという儀式があったのである。

~『古代の恋愛生活』/古橋信孝著(NHKブックス)から引用
 

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。