本文へスキップ

巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2570~2574

訓読

2570
かくのみし恋ひば死ぬべみたらちねの母にも告げつ止(や)まず通(かよ)はせ
2571
ますらをは友の騒(さわ)きに慰(なぐさ)もる心もあらむ我(われ)そ苦しき
2572
偽(いつはり)も似つきてぞする何時(いつ)よりか見ぬ人恋ふに人の死(しに)せし
2573
情(こころ)さへ奉(まつ)れる君に何をかも言はずて言ひしと我(わ)が窃(ぬすま)はむ
2574
面(おも)忘れだにも得為(えす)やと手(た)握(にぎ)りて打てども懲(こ)りず恋といふ奴(やつこ)

意味

〈2570〉
 こんなに恋い焦がれてばかりいると死んでしまいそうなので、母に打ち明けました。あなた、絶えず通って来て下さい。
〈2571〉
 男の人は友だちと騒いで憂さを晴らすこともできるでしょう。けれど、女の私はそれもできなくて苦しくてなりません。
〈2572〉
 嘘をおっしゃるのもいい加減になさいまし。まだ一度もお逢いしたことなどないのに焦がれ死にするなんて。何時の世の中に、そんな人がいましたか?
〈2573〉
 私の心まで捧げているあなたに、何だって、言わないことを言ったなどと嘘をついたりしましょうか。
〈2574〉
 せめて顔だけでも忘れられないかと、こぶしを握り、打てども打てども懲りもしない、恋という奴(やっこ)は。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2570の「かくのみし」は、このようにばかり。「し」は、強意の副助詞。「死ぬべみ」は、死んでしまいそうなので。原文「可死」でシヌベシと訓み、死んでしまうでしょう、と解するものもあります。「たらちねの」は「母」の枕詞。「母にも」の「も」は、詠嘆。「告げつ」は、告げてしまった、打ち明けた。「止まず通はせ」は、母に告白したことを受け、母公認、あるいは母に知られた状態になったのだから、遠慮せずに通ってくださいという、より開かれた、あるいは後戻りできない決意を伴う促しになります。

 
2571の「ますらを」は、勇ましく立派な男子。暗に相手の男を指しています。「友の騒き」は、友との和気あいあいとした付き合い。「慰もる」は、心が晴れる、紛れる、憂さを晴らす。「心もあらむ」は、~ということもあろうの意。「苦しき」は「ぞ」の係り結びで連体形。疎遠がちな夫に対する訴えとともに、社会的な生活をする男に比べ、家庭的生活ばかりしている女の嘆きでもあります。

 
2572は、男が恋を訴えてきたのに対し、女が答えた歌です。「偽も似つきてぞする」は、嘘も本当らしく言うものだ、という意。「何時よりか」は、いつの時代から(そんな例があるのか)。「見ぬ人恋ふに」は、逢ったこともない人を恋い慕うことで。「人の死せし」は、人が死んだということが(あったのか)。最後の「し」は過去の助動詞の連体形。逢ってもいないのに、好きで好きで死にそうだ、という手紙でも寄こしてきたのでしょうか。お互いの顔を見たことがないというのは、身分ある階級の者同士なのかもしれません。気丈と聡明さの感じられる歌であり、斎藤茂吉は次のように評しています。「一首の意。嘘をおっしゃるのも、いい加減になさいまし。まだ一度もお逢いしたことがないのに、こがれ死するなどとおっしゃる筈はないでしょう。何時の世の中にまだ見ぬ恋に死んだ人が居りますか、というような意味のことを、こういう簡潔な古語でいいあらわしているのは実に驚くべきである。『偽も似つきてぞする』は、偽をいうにも幾らか事実に似ているようにすべきだ、あまり出鱈目の偽では困る、というようなことを、こう簡潔にいうので日本語のよいところが遺憾なく出ている」。なお、「偽も似つきてぞする」の句は、巻第4の大伴家持の歌(771)にも見えます。

 
2573の「情さへ」は、身はもとより心までも。「奉れる」は、捧げている、差し上げている。「何をかも」の「か」は、疑問の係助詞で、反語となっているもの。何だって。「言はずて言ひしと」は、言わないことを言ったと。原文「不云言此跡」で、イハズテイヒシトと訓むものもあります。何某か不快なことを言ったと咎められたのに対し、そのようなことは言っていない、の意。「窃ふ」は、ここは、自分の心を偽る、事実を盗み変える(嘘をつく)という意。女の立場の歌ですが、嘘をつくことを「窃む」と表現するのは独特です。相手との信頼関係という共有財産から、誠実さを盗み取るような罪悪感、あるいは自分自身の本心を偽るという行為への嫌悪感が、この一語に凝縮されています。

 
2574の「面忘れだにも得為やと」は、顔だけでも忘れることができようかと、の意で、「得」は可能を表す副詞、「や」は疑問。「手握りて」は、こぶしを握りしめて。「打てども懲りず」は、自分の体を打つけれども懲りないで。「奴」は、人の家に仕える奴婢のこと。「恋心」を擬人化して罵倒し、ユーモアと愛嬌を交えて詠んだ作であり、「恋の奴」という言い方は当時の人々に好まれたとみえ、他のいくつかの歌にも見られます。第5句は、単独母音イを含む許容される8音の字余り句。
 


『万葉集』クイズ

 次の歌から、(1)二句切れの歌をあげてください、また(2)倒置法を用いている歌をあげてください。

235 大君は神にしませば天雲の雷の上に廬りせるかも
251 淡路の野島が崎の浜風に妹が結びし紐吹きかへす
255 天離る夷の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ
264 もののふの八十氏河の網代木にいさよふ波の行く方知らずも
265 苦しくも降り来る雨か三輪の崎狭野の渡りに家もあらなくに
266 近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆ
270 旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖にこぐ見ゆ
271 桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る
274 我が舟は比良の港に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり
275 何処にか我が宿りせむ高島の勝野の原にこの日暮れなば


【解答】 (1)265・271・275 (2)265・275

【PR】

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。