| 訓読 |
2585
かくしつつ我(あ)が待つ験(しるし)あらぬかも世の人(ひと)皆(みな)の常(つね)にあらなくに
2586
人言(ひとごと)を繁(しげ)みと君に玉梓(たまづさ)の使(つか)ひも遣(や)らず忘ると思ふな
2587
大原(おほはら)の古(ふ)りにし里に妹(いも)を置きて我(わ)れ寐(い)ねかねつ夢(いめ)に見えこそ
2588
夕(ゆふ)されば君(きみ)来(き)まさむと待ちし夜(よ)のなごりぞ今も寐寝(いね)かてにする
2589
相(あひ)思はず君はあるらしぬばたまの夢(いめ)にも見えずうけひて寝(ぬ)れど
| 意味 |
〈2585〉
このようにしてずっと私が待っている、その甲斐がないものか。世の人の誰もがずっと生き続けてはいられないのだから。
〈2586〉
人の噂がうるさいので、あなたに使いもやらずにいますが、あなたを忘れているとは思わないでください。
〈2587〉
大原のさびれた里に妻を置いてきて、私は眠ることができない。せめて夢に見えてほしい。
〈2588〉
夕方になると、あなたがいらっしゃるだろうとお待ちしていた夜の名残なのですね、今もなかなか寝つかれないのは。
〈2589〉
私のことを思わずにあの方はいるらしく、夢にも出ていらっしゃらない。誓いを立てて神様にお祈りして寝ても。
| 鑑賞 |
作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2585の「かくしつつ」は、このようにし続けて。「待つ験」は、待っている甲斐、効果。「あらぬかも」は、ないのだろうか(いや、あってほしい)という、強い期待と不安が混ざった詠嘆。「世の人皆の」は、この世の人間は誰もが。「常にあらなくに」は、常住不変ではないのだから。原文「常不在國」で、ツネナラナクニと訓むものもあります。単に逢えなくて寂しいと嘆くのではなく、人間はいつか死んでしまう存在なのに、こうして逢えないまま貴重な時間が過ぎていくのが耐えられないという、時間への焦りが表現されています。
2586の「人言を繁み」は、世間の噂が激しいので。 「〜を・・・み」は「〜が・・・なので」という因果関係を表す語法。「繁みと君に」の原文「茂君」で、シゲクテキミニ、シゲシトキミニ、シゲケキキミニなどと訓むものもあります。「玉桙の」は「使ひ」の枕詞。「使ひ」は、手紙を運ぶ人。女性がしばらく連絡を絶っているのを弁解している歌であり、連絡がないのを心変わりと取られてしまうことを最も恐れており、その原因は自分の心にあるのではなく、外敵(世間の噂)にあるのだと釈明しています。そして、沈黙は忘却ではなく、あなたを守り抜くための慎重さであるという愛の弁明となっています。
2587の「大原」は、奈良県明日香村の小原。かつて藤原鎌足の邸宅があった場所であり、『万葉集』においてはしばしば懐古的な情景とともに詠まれる地です。「古りにし里」は、故京の里で、奈良遷都後の飛鳥地方を広くさして言っています。「妹を置きて」は、妹を残して置いて。「寐ねかねつ」は、寝ようとしても寝ることができない。「〜かねつ」は、〜しようとしてできないという強い不能を表します。「夢に見えこそ」の「こそ」は願望の助詞で、夢に見えてくれよ。奈良京にあって歌ったものとみられ、遷都の直後にはこうしたことはありがちだったと思われます。
2588は、何らかの事情で夫と別れた女の歌。「夕されば」は、夕方になると。「君来まさむと」は、あなたが(きっと)おいでになるだろうと。「今も寐寝かてにする」は、今も寝つかれないでいる。「する」は「ぞ」の係り結びで連体形。「なごり」は、ここは、過去の出来事が心に引き起こした余韻や昂ぶりを指します。期待に胸を膨らませた記憶が、今もなお心を波立たせている様子を表します。もう終わってしまった恋なのに、彼が足しげく通ってきた頃の習慣が身に沁みついてしまっているという、独り言のような、寂しいつぶやきのような歌です。「理で押しているだけで、心情に乏しい」との評もありますが、窪田空穂は「鋭敏な感性と、婉曲に物をいう教養とが相俟っている」と述べています。
2589の「相思はず」は、互いに思い合っているのではない。「ぬばたまの」は、ここでは夜のものという関係から「夢」の枕詞としているもの。「君はあるらし」の「らし」は、根拠に基づく推定。「うけひて寝れど」は、神に祈って寝たのだけれど。男から疎遠にされている女の嘆きの歌で、先方がこちらを思えば夢に見えるという俗信によっています。「うけひて(祈り誓って)」という表現から、作者がただ漫然と眠ったのではないことがわかります。藁にもすがる思いで祈り、準備を整えて眠りについた。しかし、結果は「無」でした。その努力が裏切られた時の虚脱感が「あるらし」という力ない推定の言葉に現れています。

こと(言・事)
言葉を意味する「言(こと)」と事柄を意味する「事」とは、元来相通じる概念であった。モノが言葉による認識以前に存在するのに対して、コト(事)は言葉による認識作用・形象作用によってこそ形を与えられるためである。
『万葉集』の相聞歌にしばしば歌われる「人言(ひとごと:周囲の噂)」の多くが、原文に「人事」と記されているのも、「言」と「事」とが相通じる概念であったことを示しており、現代において「さっき話したこと、絶対内緒だよ」などと言った場合の「こと」が言葉であるのか事柄であるのか不明瞭である点にも、それは引き継がれている。
「言」と「事」とが相通じるところに生じてくる信仰に「言挙げ」がある。「言挙げ」とは、日常の言葉とは異なる様式によって、祈りをこめて言葉を発することであり、「言挙げ」の力によって「言」として発された内容が「事」として実現するという信仰である。その言葉に「言霊(ことだま)」が宿っているからだと考えられていた。ただし、言語呪術である「言挙げ」はむやみに行うものではなかった。「言挙げ」はよほどの危機を乗り越えるために行われるものであったようである。
一方で『万葉集』には、「言」が「事」でなかったことを言う「言にしありけり(ただの言葉だったのだ)」という表現もしばしば用いられている。一見矛盾のようにも見えるが、両者は硬貨の裏表に過ぎない。一方に「言」が必ずしも「事」ではない意識が芽生えることによって、逆に「言」には言霊が宿り、「事」によって実現するという信仰が強く意識されるようになったのである。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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