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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2600~2604

訓読

2600
百代(ももよ)しも千代(ちよ)しも生きてあらめやも我(あ)が思(おも)ふ妹(いも)を置きて嘆くも
2601
現(うつつ)にも夢(いめ)にも吾(われ)は思はずき古(ふ)りたる君にここに逢はむとは
2602
黒髪(くろかみ)の白髪(しろかみ)までと結びてし心ひとつを今(いま)解(と)かめやも
2603
心をし君に奉(まつ)ると思へればよしこのころは恋ひつつをあらむ
2604
思ひ出(い)でて哭(ね)には泣くともいちしろく人の知るべく嘆かすなゆめ

意味

〈2600〉
 人間は百年間も千年も生きていられるだろうか、生きられはしない。だから私の愛する妻と離れた旅先で悲しくて泣いている。
〈2601〉
 この世ではもちろんのこと、夢の中ですら思いませんでした。仲が絶えた昔のあなたとこんな場所で再びお逢いするなんて。
〈2602〉
 黒髪が白髪になるまでずっと変わるまいと、しっかり結び固めた心であるのに、どうして今になって解くことがありましょうか。
〈2603〉
 この心まであなたに差し上げたのですから、たとえお逢いできなくとも、今しばらくは恋い焦がれているだけで我慢しています。
〈2604〉
 私を思い出して一人で声を出して泣くことはあっても、はっきりと人に分かるほどお嘆きにならないでください、決して。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2600の「百代しも千代しも」の「しも」は、共に強意の副助詞。「生きてあらめやも」の「やも」は、反語。生きていられようか、生きられはしない。「置きて」は、あとに残して。「置きて嘆くも」の原文「置嘆」で、オキテナゲカフ、オキテナゲカムなどと訓むものもあります。地方に赴任した男が、家に置いてきた妻を思っての歌とされます。「百代」「千代」という永遠に近い時間を持ち出すことで、逆に人間の命がいかに一瞬であるかを浮き彫りにしており、その一瞬の人生において、愛する人と逢えずに「嘆いて過ごす」ということが、どれほど愚かしく、また取り返しのつかない損失であるかを叫んでいます。

 
2601の「現にも夢にも」は、現実でも夢でも。「古りたる」は、年を経た、の意。「思はずき」は、思わなかった。「き」は過去の助動詞(直接体験した過去)。原文「不思寸」で、モハザリキと訓むものもあります。「ここに逢はむとは」は、こんな場所で逢おうとは。いわゆる元カレに偶然逢った驚きと喜びの歌で、これまでの歌の重苦しい溜息を吹き飛ばすような、爽やかな驚きがあります。

 
2602の「黒髪の白髪までと」は、黒髪が白髪になるまで。生涯変わるまい、の意の譬喩。「結びてし」は、結んでしまった。「結ぶ」には、髪を結う、紐を結ぶという意味のほかに、「約束する」「魂を繋ぎ止める」という呪術的な意味も含まれます。「解かめやも」の「やも」は反語で、解こうか、解きはしない。夫から不信の疑いを受けた妻が弁明しようとして詠んだ歌、あるいは、他の男性から言い寄られた時の歌とされます。窪田空穂は、「言い方は、女のこととて髪に絡ませて『黒髪』『白髪』『結ぶ』『解く』など多くを用いているので、やや華やかな趣をもったものとなっているが、不自然とまではいえない。別居生活をしているので、こうした葛藤は少なくなかったろう。身分ある階級の者の言い方である」と述べています。

 
2603の「心をし」の「し」は、強意の副助詞。「君に奉る」は、あなたに差し上げる、献上する。「思へれば」は、思っているので。すでに捧げ終えたと自覚しているので。「よしこのころは」の「よし」は、許容・放任を表す副詞。仕方がない。原文「縱比来者」で、「縱」はゆるめる、ほしいままにする意の漢字、「比来」は漢籍の用法にもとづく表現とされます。「恋ひつつをあらむ」は、ずっと恋い続けていよう。「を」は強調の間投助詞。足遠くなった夫を恨めしく思っている妻の歌です。これまでの歌は、逢えないことへの焦りや死ぬほど苦しいという欠乏感が中心でしたが、この歌では、自分の心を相手に「預けてしまった(奉った)」と考えています。心が相手の手元にあるのだから、今ここに自分が一人でいて苦しいのは当然であり、それを受け入れようとする、一段上の精神状態に達しています。

 
2604の「思い出でて」は、(私を)思い出して。「哭には泣くとも」は、声を出して泣くことはあっても。「哭」は、感情を抑えきれずに声を放って泣くことを指します。「〜とも」は、逆接の確定条件または仮定条件。「いちしろく」は、明白に、はっきりと。「人の知るべく」は、他人が気づくほどに。「嘆かす」は「嘆く」の尊敬語。「な」は禁止、「ゆめ」は、決して8~するな)。強い禁止を表す副詞。窪田空穂は、男より世馴れた女が、男の「思ひ出でて哭に泣く」意の贈歌に答えた歌か、としています。
 


作者未詳歌

 『万葉集』に収められている歌の半数弱は作者未詳歌で、未詳と明記してあるもの、未詳とも書かれず歌のみ載っているものが2100首余りに及び、とくに多いのが巻7・巻10~14です。なぜこれほど多数の作者未詳歌が必要だったかについて、奈良時代の人々が歌を作るときの参考にする資料としたとする説があります。そのため類歌が多いのだといいます。

 7世紀半ばに宮廷社会に誕生した和歌は、7世紀末に藤原京、8世紀初頭の平城京と、大規模な都が造営され、さらに国家機構が整備されるのに伴って、中・下級官人たちの間に広まっていきました。「作者未詳歌」といわれている作者名を欠く歌は、その大半がそうした階層の人たちの歌とみることができ、東歌と防人歌を除いて方言の歌がほとんどないことから、畿内圏のものであることがわかります。

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『万葉集』の魅力

 『万葉集』は、天皇や貴族・官人から防人(兵士)・農民・遊女に至るまで、身分を問わず多様な人々の感情がそのまま収められた日本最古の歌集です。その魅力は、後世の勅撰和歌集には見られない独自の躍動感と表現力にあります。

  1. 「ますらをぶり」と評される直情的な表現
    賀茂真淵が『古今和歌集』の「たおやめぶり(優美で繊細)」と対比して「ますらをぶり(雄大で力強い)」と表現したように、飾らない素朴で素直な感情が伸びやかに詠まれています。
  2. 身分を超えた多様な詠み手
    中央の貴族や宮廷歌人だけでなく、地方で暮らす人々(東歌)や遠国へ赴く兵士とその家族の歌(防人歌)が収められており、当時の人々の生の声や暮らしの息吹が息づいています。
  3. 多様な歌体による豊かな抒情性
    5・7・5・7・7の「短歌」をはじめ、5・7を繰り返して7・7で結ぶ「長歌」、5・7・7の3句からなる「片歌」、これを2首合せた「旋頭歌」など、多彩な形式で感情や景観が詠み込まれています。
  4. 万葉仮名に宿る言葉の力
    漢字の音と訓を駆使して日本語の音節を表記した「万葉仮名」により、当時の言葉の響きや音調(調子)が活き活きと現代に伝えられています。
  5. 雑歌・相聞・挽歌という分類
    『万葉集』の歌は大きく「雑歌(宮廷の儀礼や旅・自然の歌)」「相聞(恋愛や情愛の歌)」「挽歌(死を悼む歌)」に分類され、人生のさまざまな側面における人間模様が描かれています。

 古代の人々が抱いた愛おしさ、悲しみ、祈り、そして自然への眼差しは、千数百年を超えた現代の私たちにも直接語りかけてくる深い普遍性を持っています。 

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。