| 訓読 |
2624
紅(くれなゐ)の濃染(こぞ)めの衣(きぬ)色深く染(し)みにしかばか忘れかねつる
2625
逢はなくに夕占(ゆふけ)を問ふと幣(ぬさ)に置くに吾(わ)が衣手(ころもで)はまたぞ継(つ)ぐべき
2626
古衣(ふるころも)打棄(うちつ)る人は秋風の立ち来る時に物思(ものおも)ふものぞ
2627
はねかづら今する妹(いも)がうら若み笑(ゑ)みみ怒(いか)りみ著(つ)けし紐(ひも)解く
2628
いにしへの倭文機帯(しつはたおび)を結び垂(た)れ誰(た)れといふ人も君には益(ま)さじ
| 意味 |
〈2624〉
紅の色濃く染めた着物のように、心に深く染みついたせいか、忘れようにも忘れられない。
〈2625〉
逢ってくれないので、夕占してを問おうと私がお供えした袖の切れ端は、また継ぎ足すようになったことだ。
〈2626〉
着慣れた古着をうち捨ててしまうような人は、秋風が吹きだすころには、侘しい思いをするものです。
〈2627〉
はねかづらを新しく着けた娘は、初々しく、はにかんだりじれたりしながら、身につけた紐を解いていくよ。
〈2628〉
古風な倭文織の帯を結んで垂らすというけれど、その誰(垂れ)一人も、あなたにはかないません。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2624~2626は「衣」に寄せた歌。2624の「紅の濃染めの衣」の「濃染め」とは、何度も染料に浸して、極限まで濃く染め上げること。「濃染めの衣」の原文「深染衣」で、フカゾメノキヌと訓むものもあります。以上2句は「色深く」を導く譬喩式序詞。「色深くしかばか」の「しかばか」は、〜してしまったからだろうか、という理由を推測する形。衣の色が深く染まったことと、相手の面影が心に深く染みついたことを掛けています。「忘れかねつる」は、忘れることのできないことであった。染料が衣に染み込むように相手のことが心の奥深くまで入り込み、見捨てられないと、この歌も馴れ親しんだ妻を讃えています。
2625の「逢はなくに」の「逢はなく」は「逢はず」のク語法で名詞形。逢わないことであるのに。「夕占」は、夕方に道に立ち、往来する人の言葉を聞いて吉凶を判断する占い。「幣」は、神に祈る時に供える物。来ない夫に対して、幾度も占いをして待つ妻の嘆きですが、この歌からは、幣には衣服の袖を切って供えていたらしいことが知られます。自分の着ている衣には魂が付着しているという信仰があったものの、他に同じ例がないので確実ではなく、あるいは特別なことだったかもしれません。「またぞ継ぐべき」は、切った袖をまた継ぎ足すようになったこと。
2626の「古衣打棄つる」の「古衣」は着古した衣、「打棄つる」は投げ捨てる、見捨てる意で、長く連れ添った古女房を打ち棄てて顧みない比喩。「秋風の立ち来る時」は、秋風が吹いて肌寒く衣を必要とする時で、老いを迎えるころの比喩。「物思ふものぞ」は、(あんなことをしなければよかったと)物思いにふけることになるのだ。古いものを疎み、新しいものを愛するのが人情ではあるものの、世故に通じた第三者が警告している歌とされ、男性にとっては戒め、女性からは恨みの歌となります。
2627は「かづら」に寄せた歌。「はねかづら」は、年ごろの娘がつける髪飾りであると察せられるものの、どんな材料や形だったのかはよく分かっていません。「うら若み」は、まだ一人前の女とはいえない若さなので。「笑みみ怒りみ」は、笑ったり怒ったりして見せて。「紐解く」は、
共寝(夜の営み)のために、着物の紐を解くことを意味します。新婚初夜の儀式としてはねかづらをつけた娘が、初々しく顔を朱に染めながら、馴れない下紐を苦労して解いている姿を詠っています。しかし、全く違う解釈もあり、笑ったり怒ったりして女の下着の紐を解こうとしているのは男の方だとするものもあります。
2628は「帯」に寄せた歌。「いにしへの」は、古風な。「倭文機帯」は、日本古来の簡単な模様を織り出した布製の帯で、珍重されたものです。「結び垂れ」は、帯を結んでその端を長く垂らすこと。当時の貴人や、端正な身なりの象徴です。上3句は「誰れ」を導く同音反復式序詞。「君には益さじ」は、あなたには勝ることはないだろう。妻が夫を讃えた歌のようであり、ここで「古の倭文機帯」を持ち出しているのは、単に古いものを懐かしんでいるのではありません。万葉の時代において「古(いにしえ)」は、現代の私たちが思う「古い」とは異なり、理想的で、純粋で、格調高いというポジティブな価値観を含んでいました。「昔の物語に出てくるような立派な身なりをした賢者や貴公子」を並べてみても、目の前の「あなた」が一番だ、と最大級の賛辞を送っています。

相聞歌の表現方法
『万葉集』における相聞歌の表現方法にはある程度の違いがあり、便宜的に3種類の分類がなされています。すなわち「正述心緒」「譬喩歌」「寄物陳思」の3種類の別で、このほかに男女の問と答の一対からなる「問答歌」があります。
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