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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2629~2633

訓読

2629
逢はずとも吾(われ)は恨(うら)みじこの枕(まくら)吾(われ)と思ひて枕(ま)きてさ寝(ね)ませ
2630
結(ゆ)へる紐(ひも)解かむ日遠み敷栲(しきたへ)の我(わ)が木枕(こまくら)は苔生(こけむ)しにけり
2631
ぬばたまの黒髪(くろかみ)敷きて長き夜を手枕(たまくら)の上(うへ)に妹(いも)待つらむか
2632
まそ鏡(かがみ)直(ただ)にし妹(いも)を相(あひ)見ずは我(あ)が恋やまじ年は経(へ)ぬとも
2633
まそ鏡手に取り持ちて朝(あさ)な朝(さ)な見む時さへや恋の繁(しげ)けむ

意味

〈2629〉
 お逢いできなくとも、私は恨みはしません。この枕を私だと思って当ててお休みください。
〈2630〉
 あなたが結んでくださった紐を解く日はまだ当分先なので、私たちの木枕には苔が生えてきました。
〈2631〉
 黒髪を枕の上に靡かせて、この長い夜を一人で自分の肘を枕にして、彼女は待っているだろうか。
〈2632〉
 まそ鏡を手に取って見るように、じかにあの子に逢わないままだと、私の恋はやむことがない。たとえ、このまま何年という年月が過ぎ去ったとしても。
〈2633〉
 まそ鏡を手にとって朝ごとに見るように、毎朝毎朝あなたを見るようになってさえ、恋しい気持ちはますますつのるのだろうか。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2629~2631は「枕」に寄せた歌。2629の「この枕吾と思ひて」は、枕を自分自身の身代わり(分身)として差し出す、象徴的な表現です。「枕きて」は、枕にして。「さ寝ませ」の「さ」は、接頭語。「ませ」は、尊敬の助動詞。疎遠になった男に枕を贈った時に添えた女性の作とされます。「恨まない」という言葉は、裏を返せば「恨んでもおかしくないほど寂しく、逢いたい」という気持ちの裏返しです。相手を責めるのではなく、自分の寂しさを飲み込んで相手の安眠を祈る姿には、自己犠牲的で崇高な愛の形が見て取れます。あるいは、言外に「枕とでも寝てろ!」の怒りの気持ちが込められているのかどうか・・・。

 
2630の「結へる紐」の原文「結紐」で、ユヒシヒモと訓むものもあります。「解かむ日遠み」は、解いてくれるであろう日がいつまでも来ないので。これは男女が共寝することを意味し、再び愛し合える日を指します。原文「解日遠」で、トキシヒトホミと訓むものもあります。「敷栲の」は「木枕」の枕詞。「木枕」は、木製の枕。当時は箱のような形のものや、丸太状のものがありました。「苔生しにけり」の「けり」は詠嘆で、実際に苔が生えたというよりは、久しく逢わないのを誇張して言ったもの。長旅の夫を待つ、あるいは夫の疎遠を怨んだ女の歌とされます。

 
2631の「ぬばたまの」は「黒髪」の枕詞。「手枕の上に」は、自分の腕を枕にすること(自らの腕枕)を指します。窪田空穂は、「妻の許へ行く約束をして、行けなかった男が、夜、その妻を思いやった心である。浮かんで来るのは見馴れている床の上の妻の寝姿で、『ぬばたまの黒髪しきて』が最も印象的のものであったとみえる。『手枕の上に』は、同じく感覚的な語ではあるが、それにとどまらず、妻のつつましい心持を思わせるもので、男にそうした妻と見えていることをあらわしているものである。この語によってこの歌を魅力的なものにしている」と述べています。

 2632~2633は「鏡」に寄せての歌。
2632の「まそ鏡」は、澄んだ鏡のことで、第3句の「見」にかかる比喩的枕詞。「直にし妹を相見ずは」は、直接妹に逢わないでいては。「し」は、強意の副助詞。「我が恋やまじ」は、私の恋は止まないだろう。「じ」は打消しの推量・強い意志を表します。「年は経ぬとも」は、(たとえ)年月が過ぎ去ったとしても。片恋の苦しさを詠んだ男の歌であり、生身のあなたでなければ癒やされないという本質的な飢えを表現しています。

 
2633の上2句は「朝な朝な見る」を導く序詞。「朝な朝な」は、毎朝の意で、「な」は「朝な夕な」「夜な夜な」のような時間を表す語の並列形に付いて副詞的用法を作る接尾語。「見む時さへや」の「や」は、疑問の係助詞で、「繁けむ」がその結びの連体形。「恋の繁けむ」は、恋心が(草木が茂るように)激しく募ることだろう。「繁し」は、『万葉集』において制御不能なほど溢れ出す感情によく使われる形容詞です。夫婦別居していたのを、自分の家へ妻を迎えて同居しようと思って詠んだ歌とされます。
 


相聞歌の表現方法

『万葉集』における相聞歌の表現方法にはある程度の違いがあり、便宜的に3種類の分類がなされています。すなわち「正述心緒」「譬喩歌」「寄物陳思」の3種類の別で、このほかに男女の問と答の一対からなる「問答歌」があります。

  • 正述心緒
    「正(ただ)に心緒(おもひ)を述ぶる」、つまり何かに喩えたり託したりせず、直接に恋心を表白する方法。詩の六義(りくぎ)のうち、賦に相当します。
  • 譬喩歌
    物のみの表現に終始して、主題である恋心を背後に隠す方法。平安時代以後この分類名がみられなくなったのは、譬喩的表現が一般化したためとされます。
  • 寄物陳思
    「物に寄せて思ひを陳(の)ぶる」、すなわち「正述心緒」と「譬喩歌」の中間にあって、物に託しながら恋の思いを訴える形の歌。譬喩歌と著しい区別は認められない。 

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