| 訓読 |
2639
葛城(かづらき)の襲津彦(そつびこ)真弓(まゆみ)新木(あらき)にも頼めや君が吾(わ)が名 告(の)りけむ
2640
梓弓(あづさゆみ)引きみ緩(ゆる)へみ来(こ)ずは来ず来ば来そをなぞ来ずは来ばそを
2641
時守(ときもり)の打ち鳴す鼓(つづみ)数(よ)みみれば時にはなりぬ逢はなくもあやし
2642
燈(ともしび)の影に輝(かがよ)ふうつせみの妹(いも)が笑(ゑ)まひし面影(おもかげ)に見ゆ
| 意味 |
〈2639〉
あの葛城襲津彦が使う強い弓のように、あなたを思う気持ちが強いと安心しているからですか、あなたが、私の名を人に明かしてしまったのは。
〈2640〉
梓弓を引いたり緩めたりするようにやたら気をもませて。来ないなら来ない、来るなら来るとはっきりしてください。それを何ですか、来るだの来ないとか。
〈2641〉
時守の打ち鳴らす太鼓の音を数えてみると、もうその時刻になった。なのにあの方が逢いにやってこないのはおかしい。
〈2642〉
燈火の光りにきらめいていたあの娘の笑顔が、今も面影に現れて見えることだ。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」4首。2639・2640は「弓」に寄せての歌。2639の「葛城の襲津彦」は、奈良県五條市今井にある荒木神社の祭神。磐城姫(いはのひめ)皇后の父で、5世紀に実在したとされる伝説的人物。葛城氏は4世紀後半から代々天皇家に妃を出し、強大な勢力を誇っていました。襲津彦は、新羅の征討に向かった勇猛な人として『日本書紀』などに記されています。また、襲津彦の弓勢の強さにあやかり、この杜の神に祈ると恋が成就するという民俗が古くからあったようです。「新木」は、伐り出したばかりの新しい強い木で作ったという意で、頼もしいものの譬え。「吾が名告りけむ」は、(私の承諾も得ないまま)私の名前を誰かに言ってしまったのだろう。この歌は、禁忌を破って、あえて私の名を人に告げたあなたは、本当に私をそんなに頼もしいと思ってくれているのですか、と疑っています。
2640の「梓弓」は「引き」の枕詞。上2句は、弓弦を引けば寄り緩めば離れる意で「来ば・来ずば」を導く序詞。「来ずは来ず」は、来ないのなら、来ない(とはっきりしろ)。「来ば来そを」は、来るのなら、来ればいいのに。末尾の「そを」は強い詠嘆・不満を含みます。「なぞ来ずは来ばそを」は、どうして(はっきりせず)、来ないなら来ない、来るなら来るとしないのか。女が、来るでもなく来ないでもなく、こちらを思っているのかいないのかもわからない、曖昧で煮え切らない男に激しく怒っている歌です。あまりの昂奮からか、歌の後半は早口言葉のようになっています。大伴坂上郎女に「来」を反復した歌(巻第4-527)がありますが、その模倣かとも言われます。
2641は「鼓」に寄せての歌。「時守」は、律令制下の陰陽寮(おんようりょう)の役人のことで、漏刻すなわち水時計の番をし、鐘や太鼓を鳴らして時刻を知らせました。一昼夜を12の時刻に分け、それをさらに4刻に分けて報じるものでした。陰陽寮は、7世紀後半、天武天皇によって設置され、長官の陰陽頭(おんようのかみ)の下に、陰陽博士・暦博士・漏刻博士などが配属されました。「数みみれば」は、数えてみると。太鼓が何打鳴ったか(今が何時か)を、じっと集中して数えている様子が伝わります。「時にはなりぬ」の「時」は、男が来ると約束した時。「逢はなくもあやし」の「逢はなく」は「逢はず」のク語法で名詞形。「あやし」は、変だ、不思議だ。単に「変だ」というだけでなく、「どうして?」「何かあったのか?」という不安、不審、焦燥感が入り混じった複雑な感情を表します。都に住む女の歌であり、時守の鳴らす時刻によって約束をするという、当時の人々の生活のあり方が実感できる歌です。
2642は「燈」に寄せての歌。「燈の影」は、燈の光。「かがよふ」は、きらめく、ゆらめく。燈火の芯が揺れるたびに、光が強まったり弱まったりする動的な表現です。当時、燈火は貴重なものでしたから、ある程度の身分があった人の歌とみられます。「うつせみの」は、現し身ので、「妹」の存在感を強めるために添えているもの。「笑まひし」の「笑まひ」は、笑顔、微笑み。「し」は、強意の副助詞。「面影」は、目に浮かぶ人の姿。見ようと思って見るものではなく、向こうから勝手にやってきて仕方がないもの。女の家に通って行った夜の印象を歌っているとする見方もありますが、まだ自分が手に入れていない女性のことのようでもあります。あるいは宴席などで、薄い隔てのものなどの向こう側にいて燈火の光に揺れる女性の姿を言っているのでしょうか。
この歌の魅力は、光の揺らぎと記憶の断片が溶け合うような映像美にあります。夜、一人で燈火を見つめていると、炎が揺れるたびに壁や周囲に光の残像が生まれます。その「かがよう(ゆらめく)」光の動きが、かつて見た愛する人の「微笑み」の動的な表情と重なり合ったのです。じっと静止した写真のような思い出ではなく、今まさにそこで笑ったかのような生々しさが「かがよふ」という言葉に凝縮されています。また、歌全体の原文は「燈之 陰尓蚊蛾欲布 虚蝉之 妹蛾咲状思 面影尓所見」となっており、蚊と蛾と蝉が出てきて独特な用字として注目されています。音仮名で表記しながらも、漢字の字義に思いを馳せて詠んだことが窺える歌であり、あるいはこの歌の作者は、蚊や蝉や蛾が飛び回る燈火のもとで思い出にひたりながら、同じように蚊や蝉や蛾が集まる燈火のもとで恋人と逢引した情景を思い起こして作歌したものとの見方があります。なお、当時の室内を照らしていたものが何であったかははっきりしませんが、松の脂等を燃やしたのではないかといわれます。

『万葉集』の史料的価値
『万葉集』は、単なる最古の歌集という文学的枠組みを超え、古代日本を知るための第一級の歴史史料として極めて高い価値を持っています。その内容は、大きく以下の3つの視点から整理できます。
このように、『万葉集』は文学作品でありながら、言語学、民俗学、政治学、社会学といった多角的な学問領域において、日本の原像を解明するための不可欠な「証言者」といえます。
【PR】
|
古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |