| 訓読 |
2647
手作りの空ゆ引き越し遠(とほ)みこそ目言(めこと)離(か)るらめ絶ゆと隔(へだ)てや
2648
かにかくに物は思はじ飛騨人(ひだひと)の打つ墨縄(すみなは)のただ一道(ひとみち)に
2649
あしひきの山田 守(も)る翁(をぢ)が置く鹿火(かひ)の下(した)焦がれのみ我(あ)が恋ひ居(を)らく
2650
そき板もち葺(ふ)ける板目のあはざらば如何(いか)にせむとか吾(わ)が寝始(ねそ)めけむ
2651
難波人(なにはひと)葦火(あしひ)焚(た)く屋の煤(す)してあれど己(おの)が妻こそ常(つね)めづらしき
| 意味 |
〈2647〉
手作りの布を空高く引き延ばして晒すように遠く隔てているので、逢って語り合う折もないけれど、二人の仲を隔てようとして逢わずにいるのではない。
〈2648〉
あれこれと物思いはするまい。飛騨人の打つ墨縄がまっすぐに伸びているように、ただ一筋にあなたを思っています。
〈2649〉
山の田を見張る老人が焚く鹿遣り火のように、胸の底はくすぶってばかりで、私はあなたに恋い焦がれています。
〈2650〉
そいだ板で葺いた屋根の板目のように、もしあの人が逢ってくれなくなったらどうするつもりで、私は二人で寝始めたのだろう。
〈2651〉
難波の人が葦の火を焚く家のようにすすけているけれど、おれの妻こそはいつも可愛らしいことだ。
| 鑑賞 |
作者未詳の「「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2647は「布」に寄せての歌。「手作りの」の原文「東細布」は難訓とされ、古写本にヨコクモノとあることから長くそのように訓まれてきましたが、寄物陳思の部で天象の横雲が現れるのはおかしいとしてテツクリノの訓みが提唱されました。前後に地名を含む歌が多いことからも、これを東国の細布の意と見て、巻第14-3373の「多摩川にさらす手作りさらさらに」に拠ったものです。上2句は、その布を空高く引き延ばして晒すようにの意で「遠み」を導く譬喩式序詞。「遠みこそ」は、遠いので。「目言離るらめ」の「目言」は目で見て言葉を交わすこと(対面すること)で、逢って語り合うことも少なくなるだろう。「絶ゆと隔てや」は、関係を絶とうとして仲を隔てているのだろうか、そんなことはない。官命で東国に旅した男の歌かとされます。
2648は「匠」に寄せての歌。「かにかくに」は、あれこれと。「飛騨人」は、飛騨の工匠(たくみ)。「墨縄」は「墨糸」ともいい、大工や木工職人が、材木などに黒い線を引くときに用いる道具。墨を染み込ませた糸を両側から引っ張ってぴんと張り、真ん中を上につまんで手を離すと、反動で材木の表面に真っ直ぐな線を引くことができます。「飛騨人の打つ墨縄の」は「ただ一道に」を導く譬喩式序詞。女性の歌と見られ、「ただ一道に」のあとに「あの人を信じよう」などの言葉が略されています。飛騨には古くからさまざまな名工の伝説があり、とくに木工職人らが真っ直ぐに打つ墨縄には定評があったのでしょう。朝廷は、飛騨地方には他の税を免除して工人の徴用だけを求めたといいます。
2649~2651は「火」に寄せての歌。2649の「あしひきの」は「山」の枕詞。「山田守る翁」は、山の田を猪鹿などが荒らさないよう番をする老人。「蚊火」は、蚊遣り火。鹿を追うために焚く火とする説もあります。生木や湿った草などを燻らせるため、勢いよく燃え上がるのではなく、煙を出しながらじわじわと内側で燃え続けるのが特徴です。上3句は「下焦がれ」を導く序詞。「下焦がれ」は、蚊火が見えない所でくすぶっていることと、心の中でひそかに思い焦がれることとの掛詞になっています。「山田守る翁」という設定が、この恋の孤独感を際立たせます。誰に見せるでもなく、夜の静寂の中でただ一人火を焚き続ける老人の姿は、報われる保証のない恋を一人で抱え続ける作者の自己像と重なります。窪田空穂は、「若者の、言い出せない恋の悩みをいったものである。序詞は譬喩で、譬喩というよりもむしろ、それに誘発されて詠んだともいうべき歌である」と述べています。
2650の「そき板」は、木を薄く削いで作った屋根板。「板目」は、板と板の合わせ目。上2句は、板を合わせる意で「あはず」を導く序詞。「如何にせむとか」は、どうしようと思って、どうするつもりだったのか。「寝始めけむ」は、共寝を始めてしまったのだろうか。「けむ」は過去推量の助動詞で、過去の自分の行動に対する、後悔や不安を含んだ自問です。男と関係を結んだ女が周囲に妨害が起こって、逢い難くなったのを嘆いた歌とされ、「屋根の隙間」と「心の隙間」を重ね合わせた、極めて現実的な不安の描写が魅力的な歌になっています。
2651の「難波人葦火焚く屋の」について、当時はデルタ地帯であった難波には葦が群生していたため、薪として焚いていました。よく燃えるものの、煙が多く出て家の内が煤(すす)けることから、上2句が「煤して」を導く序詞になっています。「煤してあれど」は、その煤けて古びた様子を、長年苦楽を共にしてきた妻の容姿や身なりに例えています。「常」は、いつでも。トコと訓んで、いつまでも、と解釈するものもあります。「めづらし」は「目・連らし」で、見ることを重ねたい、つまり心惹かれる、可愛い意。煤けて年老いたわが妻こそ可愛いという歌で、斎藤茂吉はこの歌を例に挙げ、「万葉の歌は万事写生であるから、たとい平凡のようでも人間の実際が出ている」と評しています。

『万葉集』クイズ
それぞれの歌の〇のある句が枕詞となるように、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.うつせみ 2.あさ(麻) 3.くさまくら(草枕) 4.とぶ(飛ぶ) 5.あをによし 6.そこ(底) 7.あしひき 8.ひさかた 9.ともしび 10.もののふ
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