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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2652~2656

訓読

2652
妹(いも)が髪(かみ)上げ竹葉野(たかはの)の放(はな)ち駒(ごま)荒(あら)びにけらし逢はなく思へば
2653
馬の音(おと)のとどともすれば松蔭(まつかげ)に出(い)でてぞ見つるけだし君かと
2654
君に恋ひ寐(い)ねぬ朝明(あさけ)に誰(た)が乗れる馬の足(あ)の音(おと)ぞ吾(われ)に聞かする
2655
紅(くれなゐ)の裾(すそ)引く道を中に置きて妾(われ)は通はむ君か来まさむ [一云 裾漬く川を][ 又曰 待ちにか待たむ]
2656
天(あま)飛ぶや軽(かる)の社(やしろ)の斎(いは)ひ槻(つき)幾代(いくよ)まであらむ隠(こも)り妻(づま)ぞも

意味

〈2652〉
 あの子が髪を上げて束ねるに因みある、竹葉野の放し飼いの馬のように、私への気持ちは離れてしまったらしい、こんなに逢ってくれないことを思うと。
〈2653〉
 馬の音がどどっとするたびに、松蔭に出て行ってそっと様子を窺っています。もしやあなたではないかと。
〈2654〉
 あなた恋しさに寝られなかった夜明けに、誰が乗っているのか馬の足音がする、この私に聞こえよがしに。
〈2655〉
 紅色の裳裾を引いて歩く道を隔てて離れているので、私が通いましょうか、それともあなたが来て下さいますか。(裳の裾を濡らす川を)(それとも待ち続けましょうか)
〈2656〉
 天を飛ぶ軽の社の槻の神木のように、いつまでこうして隠し妻にしておかなければならないのだろうか。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2652~2654は「馬」に寄せての歌。2652の「妹が髪上げ」の7音は、少女が一人前の女になった時にする儀式である、髪を上げて束(たか)ねる意で「たかば」と続き、「竹葉野」を導く序詞。「竹葉野」は、所在未詳。「放ち駒」は、放し飼いの馬。上3句は、拘束されない放ち駒が荒れていく意で「荒び」を導く序詞。序詞の中に序詞を含むという特殊な形になっています。「荒らびにけらし」の「荒らぶ」は、心が荒れすさむことで、疎遠になっていく意。「けらし」は、過去の根拠に基づく推定。女の許へ通って行っても、逢ってくれないので、心変わりがしたらしいと、恨んで呟いている男の歌とされますが、女の歌との見方もあります。

 
2653の「馬の音の」は、馬の蹄(ひづめ)の音の。「とど」は、馬の足音の擬音。「松蔭に出でてぞ見つる」は、家の中にいられず、表の松の木陰まで駆け出して遠くを眺めた、という動作。「けだし」は、もしかして。斎藤茂吉は、この歌について、「女が男を待つ心で何の奇も弄(ろう)しない、つつましい佳(よ)い歌である。そしていろいろと具体的に云っているので、読者にもまたありありと浮んで来るものがあっていい」と言っています。また文学者の稲岡耕二は、「『とどともすれば』という擬声語表現が若い女性の心臓の鼓動のようにも聞かれる」と言っています。馬に乗って恋人がやって来るというのは、相手がかなりの身分の男だったと考えられます。

 
2654の「寐ねぬ」の「ぬ」は打消しの助動詞で、寝ることができない。「朝明」は、夜明け方。「誰が乗れる」は、誰が乗っているのか。「吾に聞かする」は、私に聞かせるのか(いや、聞かせないでほしい)。上の「ぞ」の結びが「聞かする」という連体形になっており、強い感情がこもっています。『万葉集』において、夜明けは「愛する人が帰っていく時間」または「来なかったことが確定する時間」を意味します。一睡もできずに窓の外が白んでいく中での蹄の音は、静寂を破る残酷な響きとして耳に届いたはずです。なお、「誰が乗れる」は、誰が乗っているのかと疑った形ではあるものの、誰でもない君の意を表した言い方だとして、男が他の女性の許に通っての帰りと感じたものとする解釈もあります。

 
2655は「道」に寄せての歌。「紅の裾引く道」は、紅い裳を着た女性が行き交うような、歩きやすく賑やかな大通りのこと。「中に置きて」は、隔てにして。「通はむ」の「む」は意志または勧誘で、通いましょうか。「君か来まさむ」は、あなたが来てくださるのでしょうか。「か~む」は、疑問・選択の形。険しい山道や川を隔てているわけではないので、通おうと思えばたやすいはずと言って、相手の訪問を催促している歌です。当時の「通い婚」の習俗では、男性が女性のもとへ通うのが一般的でした。しかしここでは「私が通いましょうか」と自ら動く選択肢を先に提示しており、相手を待つだけでなく、自らも道を歩もうとする積極的な愛情の姿勢がうかがえます。なお、「妾は」「君か」は、ワレヤ、キミヤと訓むものもあります。

 
2656は「神」に寄せての歌。「天飛ぶや」は、雁を古くは軽ともいったので、「軽」にかかる枕詞。「軽」は、奈良県橿原市の近鉄橿原神宮前駅から岡寺駅にかけての一帯。「軽の社」は、軽にある社ながら、現在は廃されていて不明。「斎ひ槻」は、人に触れさせないように囲いをしてある欅(けやき)で、人目を忍んで逢う隠妻を譬えています。上3句は、斎ひ槻が老樹であるので「幾代」を導く序詞。「幾代まであらむ」は、いつまでそのままでいるだろう。「隠妻ぞも」は、公にできない妻を憐れんでいったもの。「ぞも」は、強い感動や嘆き、疑問。神社の境内にある「斎ひ槻」は、何代にもわたってその場所を守り続けてきた不動の象徴であり、その圧倒的な時間の長さを提示することで、作者のいつ終わるとも知れない隠忍の日々の長さが強調されています。また神聖なものとして丁重に扱われている「斎ひ槻」は、同時に結界の中に囲われているということでもあります。人目に触れず、ひっそりと愛を育むしかない「隠り妻」の存在を、社の奥深くに鎮座する神木に重ね合わせているのです。
 


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【解答】
1.鰻(うなぎ) 2.珠名娘子(たまなおとめ) 3.第13巻 4.第16巻 5.伊勢 6.あしひきの 7.難波 8.3年 9.大伴安麻呂 10.石川郎女

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