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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2657~2661

訓読

2657
神(かむ)なびにひもろき立てて斎(いは)へども人の心は守(まも)りあへぬもの
2658
天雲(あまくも)の八重雲(やへくも)隠(がく)り鳴る神(かみ)の音(おと)のみにやも聞き渡りなむ
2659
争へば神も憎(にく)ますよしゑやしよそふる君が憎くあらなくに
2660
夜(よ)並(なら)べて君を来ませとちはやぶる神の社(やしろ)を祷(の)まぬ日はなし
2661
霊(たま)ぢはふ神も吾(われ)をば打棄(うつ)てこそしゑや命(いのち)の惜(を)しけくもなし

意味

〈2657〉
 神の森にひもろきを立てて、どんなに慎んでお祭りしてみても、人の心は守ることができない。
〈2658〉
 天雲の八重雲の奥から鳴り響く雷のように、噂だけを聞いて過ごしていくのだろうか。
〈2659〉
 争ったりすると神様もお憎みになるので、仕方がない、私が妻だといって噂されるあの方が憎いわけではないのだから。
〈2660〉
 毎晩、あなた、どうかいらしてと、神威のあらたかな神社に行ってお祈りしない日はありません。
〈2661〉
 霊験あらたかな神様、今は私をお見捨て下さい。ええい、もう命の惜しいことなどありません。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、いずれも「神」に寄せての歌。2657の「神なび」は、神の宿るところ。御神体としての山や森。「ひもろき」は、神霊の憑り給う木として植える常緑樹で、神座としたもの。神社が整う以前の古い祭祀形態で、清浄な場所に榊(さかき)などの常緑樹を立て、周囲を囲って神を迎えた臨時の祭場。「斎へども」は、斎戒沐浴して神を祭っても。「守りあへぬもの」の「あへぬ」は、~しきれないという不可能の意。最後まで守り通すことができない。女の歌であり、男の心が頼み難いようすだったため、神なびにひもろ木を立てて神を祀り祈ったものの、それでも守りきれなかったと嘆いています。窪田空穂は、「女の行なったことは、上代にあっては最高の努力であって、したがって嘆きも深いのである。夫の心を、『人の心は』と大きな言い方をしているのは、深い嘆きがさせていることである」と述べています。

 
2658の「天雲」は、空に浮かぶ雲。「八重雲」は、幾重にも重なり合った厚い雲。「鳴る神」は雷。上3句は「音のみ」を導く序詞。「音のみ」は、鳴る神の音ばかり聞こえる意と、噂にだけ聞いて逢えない意との掛詞になっています。「音のみにやも」の「や」は疑問、「も」は詠嘆。「聞き渡りなむ」は、ずっと聞き続けて終わるのだろうか」。「~渡る」は動作の継続、「なむ」は未来の推量。女の、疎遠になった男への嘆きの歌で、窪田空穂は、「『天雲の八重雲隠り鳴る神の』は、女性に関する噂の高さに絡むところのあるものと取れる。恨むべくして恨んではいないことが注意される」と述べています。

 
2659の「争へば」は、逆らうと、言い争うと。「神も憎ます」の「憎ます」は「憎む」の尊敬語。「よしゑやし」は、「ええい、ままよ」「もう、どうにでもなれ」という、諦めと開き直りが混じった感動詞。「よそふる」は、(妻に)なぞらえる意。「憎くあらなくに」は、憎くないのだから。「~なくに」は、~ではないのに、という強い余情を残す表現。男に求婚され、それが噂されている女の歌で、人々の噂に逆らうと神が憎むと言っているのは、人々の噂は特殊な力を持っている、すなわち、噂は神の意志だと考えられていたようです。

 
2660の「夜並べて」は、何夜も続けて。毎晩欠かさず。「君を来ませと」は、あなたを(私のところに)来させてくださいという切実な願望。「ちはやぶる」は、勢いの激しく強暴な意で「神」にかかる枕詞。「神の社」は、神社のこと。「祷まぬ日はなし」は、祈らない日は一日としてない。「夜並べて」という言葉からは、一日や二日の辛抱ではない、長く孤独な夜が幾重にも積み重なっている様子が伝わります。日が沈むたびに、また今夜も来ないのではないかという不安に襲われ、それを打ち消すために祈り続けざるを得ない女性の姿が浮き彫りになります。なお、下3句がそっくり同じ歌があり(2662)、神に祈願するときの定型句だったかもしれません。

 
2661の「霊ぢはふ」は、神威が働く意で「神」にかかる枕詞。「打棄てこそ」の「打棄て」は「打ち棄(う)て」の約で、ウチは接頭語、ウテは見捨てる意。「こそ」は、願望の終助詞。「しゑや」は、「よしゑやし」と同じく、「ええい、どうにでもなれ」という自暴自棄に近い開き直りの感動詞。「惜しけく」は「惜し」のク語法で名詞形。相手との関係がうまくいかずに詠んだ歌ですが、この歌に流れるエネルギーは、単なる「悲しみ」ではなく「憤り」に近いものです。 静かに泣くのではなく、神という絶対的な存在に向かって「殺せ!」と叫ぶような激しさは、万葉人の感情の豊かさと、恋に命を懸けた時代の切実さを今に伝えています。男の歌とも女の歌とも取れます。
 


万葉歌の英訳

  • 春過ぎて夏来るらし白たへの衣干したり天の香具山(巻第1-28 持統天皇)
    Spring has passed, and summer's white robes air on the slopes of fragrant Mount Kagu-beloved of the gods.
  • わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも(巻第5-822 大伴旅人)
    Plum-blossoms scatter on my garden floor. Are they snow-flakes whirling down from the sky?
  • 世のなかを憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば(巻第5-893 山上憶良)
    In this sad world I feel small and miserable, but I cannot fly away as I am not a bird.
  • 天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ(巻第7-1068 『柿本人麻呂歌集』)
    Cloud waves rise in the sea of heaven. The moon is a boat that rows till it hides in a wood of stars.
  • 海原の沖辺に灯し漁る火は明かして灯せ大和島見む(巻第15-3648 遣新羅使)
    In the shoals of the vast sea brighten the lights the fishermen use for fishing, as I so long to see the Yamato mountains of my home.
  • 新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事(巻第20-4516 大伴家持)
    On this New Year's Day which falls on the first day of spring, like the snow that also falls today, may all good things pile up and up without pause or end.

翻訳者:ピーター・マクミラン

 

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