本文へスキップ

巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2662~2666

訓読

2662
吾妹子(わぎもこ)にまたも逢はむとちはやぶる神の社を祷(の)まぬ日はなし
2663
ちはやぶる神の斎垣(いがき)も越えぬべし今は吾(わ)が名の惜(を)しけくもなし
2664
夕月夜(ゆふづくよ)暁闇(あかときやみ)の朝影(あさかげ)に吾(わ)が身はなりぬ汝(な)を思ひかねに
2665
月しあれば明(あ)くらむ別(わき)も知らずして寝(ね)て吾(わ)が来(こ)しを人見けむかも
2666
妹(いも)が目の見まく欲しけく夕闇(ゆふやみ)の木(こ)の葉(は)隠(ごも)れる月待つごとし

意味

〈2662〉
 愛しいあの子にもう一度逢わせて下さいと、神社に行ってお祈りしない日はありません。
〈2663〉
 神威のあらたかな神の社の、越えてはならない玉垣も越えてしまいそうだ。今はもう私の名など惜しいとは思わない。
〈2664〉
 暁の闇が明けてきて、朝日に映る影法師のように私は痩せてきた。あなたへの思いに堪えかねて。
〈2665〉
 月が出ていたので、夜が明けたことも知らず寝すごして帰ってきたのを、誰かに見られただろうか。
〈2666〉
 あの子にひと目逢いたいと思う気持は、夕闇の木の葉に隠れていてなかなか姿を現さない月を待っているようなものだ。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2662・2663は「神」に寄せての歌。2662の「またも逢はむと」は、もう一度逢おう、再会しようという意志。「ちはやぶる」は、勢いの激しく強暴な意で「神」にかかる枕詞。「神の社」は、神社。「祷まぬ日はなし」は、祈らない日は一日としてない。下3句が同じ歌(2660)があるので、神に祈願するときの定型を思わせます。男性の立場に作り変えたような作ですが、2660が「(相手に)来てください」という受動的な祈りであったのに対し、本歌では「(再び)逢おう」という再会への強い意志を詠んでいます。

 
2663の「斎垣」は、神域の周囲の垣。神域と俗世を隔てる神聖な物で、絶対に越えてはならないとされているもの。「越えぬべし」は、越えてしまいそうだ、越えてしまうに違いない。強い意志と切迫感を伴う表現。「今は」は、今はもう、もはや、こうなっては。絶望と決意が極まった瞬間を指します。「惜しけく」は「惜し」のク語法で名詞形。何らかの恋の妨げに遭い、激しく昂奮しています。あるいは人妻に対する恋を詠んだものかもしれません。この歌における「斎垣を越える」というイメージは、現代風に言えば「すべての理性をかなぐり捨てて、なりふり構わず相手に会いに行く」という衝動の爆発です。「ちはやぶる」という激しい枕詞が、単なる修飾を超えて、作者自身の内面で荒れ狂う「神がかった情熱」そのもののように響きます。

 なお、平安時代に成立した『伊勢物語』の中に、「ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし大宮人の見まくほしさに」という歌が載っています。伊勢神宮の斎宮である女性と、勅使として神宮にやって来たある男の恋愛模様という、この物語の中核を占める部分で、女性が男性にあてた有名な歌です。斎宮の女房という立場でありながら、禁制を犯してでも男に逢いたいと直情的な思いを詠んでおり、その原典とされるのが『万葉集』のこの歌です。

 2664~2666は「月」に寄せての歌。
2664の「夕月夜」は、夕方の月は夜中には沈んでしまうことから「暁闇」にかかる枕詞。「暁闇」は、月が早く沈む陰暦13日ころまでの暁に月がなく真っ暗なことを言います。上2句は、その朝の意で「朝」を導く序詞。「朝影」は、朝の光の中に映る、ひょろひょろと長く、薄い影。「汝を思ひかねに」の「かね」は堪えがたい、~しきれないの意。「に」は、にしての意。原文「汝乎念金丹」で、ナヲオモヒカネテと訓むものもありますが、ニは余情を添えるものかとも言います。「夕月夜」「暁闇」「朝影」と、一首の中に三つの時間経過を詰め込むことで、一晩中眠れずに思い悩んだ時間の長さを表現しています。月が沈み、闇が訪れ、ようやく朝日が差した時にふと見た自分の影が、驚くほど細くなっていた・・・という発見は、恋の病の深さを物語ります。

 
2665の「月しあれば」の「月」は、ここは有明の月。「し」は、強意の副助詞。「明くらむ別も知らずして」は、夜が明ける(空が白んでくる)区別もつかないままに。「寝て我が来しを」は、寝過ごして私が帰って来たのを。「人見けむかも」は、誰かが見てしまっただろうか。「けむ」は過去の推量、「かも」は不安や疑問を含んだ詠嘆。本来、夜明けは空の色が変わることで気づくものですが、月があまりに明るかったために、夜の闇と朝の光の境界が曖昧になってしまったようです。これは、愛する人と過ごす時間の濃密さが、客観的な時間の感覚を狂わせたことを風雅に表現しています。窪田空穂は、「不安をいったものではあるが、明るく楽しげな歌である」と言っています。

 
2666の「妹が目の」の「目」は、顔かたち。「見まく」は「見む」のク語法で名詞形。「欲しけく」は、形容詞「欲しけ」に「く」を接して名詞形にしたもの。「木の葉隠れる」は、木の葉の隙間から漏れ見えたり、隠れたりしている様子。「月待つごとし」の原文「月待如」で、ツキマツガゴトと訓むものもあります。男が女の許へ通おうと、夕闇の路を歩いている時の感と思われる歌で、「光(月=愛する人)」を希求する心理を、繊細な色彩で表現しています。月が明るく夜空に出ているのではなく、あえて「木の葉隠れる」としている点が絶妙で、木の葉の隙間からかすかに光が見えるけれど、なかなか全容を現さない。その「見えそうで見えない」もどかしさが、逢えそうで逢えない恋の焦燥感と見事にリンクしています。
 


『伊勢物語』

 平安前期(または中期)に成ったとされる歌物語の最初の作品で、『竹取物語』と並ぶ創成期の仮名文学の代表作。藤原定家本によれば、全1巻で、125の短い章段からなる。作者は不明ながら、平安貴族に評価され、筆写されながら読み継がれ、また、数十年の歳月をへて複数の作者によって新しい章段が付加されながら、現在の姿になったと考えられています。同じく歌物語とされる『大和物語』があるものの、後世への影響力の大きさでは『伊勢物語』と比べるべくもなく、そういった意味では『伊勢物語』は『源氏物語』と双璧をなしており、これらに『古今和歌集』を加えて同時代の三大文学と見ることもできます。

 殆どの章段が「昔、男ありけり」と書き出され、この「男」とは、多くは六歌仙の一人・在原業平がモデルとされ、業平の実事と虚構が入り交じっています。業平の和歌が多く採録され、このため、平安時代には『在五(ざいご)が物語』『在五中将物語』『在五中将の日記』などともよばれたようです。内容は、主人公の元服の段に始まり、男女の恋愛を中心に、親子愛、主従愛、友情、社交など多岐にわたり、その死で終えるという一代記風にまとめられています。一貫する精神は、平安貴族が理想とした「みやび」であるとされます。「みやび」は「里び」「鄙(ひな)び」に対応する語で、優美な生活のゆとりの中から、自然ににじみ出る品格、洗練された風雅をいいます。 

【PR】

かげ(光・影・陰)

 カゲは、太陽や月や灯火のような光そのものを表すとともに、その光によって照らし出される像、さらにはその背後にできる闇の部分をも意味する。カゲには、光と闇という、相互に対立する意義が備えられているが、そのようなカゲのありかたは、古代人の心性の奥行きの深さをよく示している。

 光としてのカゲは、もともとはキラキラとした輝き、明滅したり揺らめいたりする光を意味した。星の輝きを「星影」と呼び、灯火の揺らめきを「火影」と呼ぶのはそのためである。「朝影」「夕影」も、朝夕の陽光を意味した。そこにも光の微妙な移ろいが意識されている。 

~『万葉語誌』から引用

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。