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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2692~2696

訓読

2692
夕凝(ゆふこ)りの霜(しも)置きにけり朝戸出(あさとで)にいたくし踏みて人に知らゆな
2693
かくばかり恋ひつつあらずは朝に日(け)に妹が踏むらむ地(つち)にあらましを
2694
あしひきの山鳥(やまどり)の尾の一峰(ひとを)越え一目(ひとめ)見し子に恋ふべきものか
2695
吾妹子(わぎもこ)に逢ふよしをなみ駿河(するが)なる富士の高嶺(たかね)の燃えつつかあらむ
2696
荒熊(あらくま)の住むといふ山の師歯迫山(しはせやま)責(せ)めて問ふとも汝(な)が名は告(の)らじ

意味

〈2692〉
 夕方のうちから降りた霜が一面に凍っています。朝お帰りになる時にひどく踏みつけて、人に知られないようにしてくださいね。
〈2693〉
 これほどに恋し続けるくらいなら、朝も昼も、あの娘が踏んでいる土になったほうがましだよ。
〈2694〉
 山鳥の尾の、その一峰を越えたところで、ただ一目見ただけのあの子に、これほど恋してしまうものだろうか、恋するべきでない。
〈2695〉
 いとしいあの子に逢う手だてがないので、あの駿河の富士の高嶺のように、私の胸はずっと燃え続けるのだろうか。
〈2696〉
 荒熊が棲むという師歯迫山、その名の「せ」ではないが、いくら人から責められても、あなたのお名前は決して口に出しません。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2692は「霜」に寄せての歌。「夕凝りの霜」は、夕方から冷えて固まっていく霜。「霜置きにけり」の「けり」は、気づき・感動の助動詞。「朝戸出」は、朝の戸を出る、ここは夫が朝に帰る意。「いたくし踏みて」の「し」は強意の副助詞で、ひどく踏みつけて。「知らゆな」の「ゆ」は受け身、「な」は禁止で、他の人に(二人の仲が)知られてはいけません。夜明け方、帰る夫に注意を促した妻の歌で、真っ白な霜を二人の秘密を暴く危険なものとして捉えていますが、霜に跡をつけるなというのは珍しいものです。

 
2693は「地」に寄せての歌。「かくばかり」は、このようにばかり。「恋ひつつあらずは」は、恋し続けるくらいなら。「朝に日に」の「日」は、昼間の意。「あらまし」は、あったらよかったのに。「土になって踏まれるのでもいいから、あの娘に触れたい」との切実な思いを詠っています。このように、逢えずに苦しむよりは、何かの物になって相手の身に触れていたいと詠んだ歌は、男女を問わず『万葉集』には少なくないのですが、王朝の歌人たちにそれと似た作はまず見られません。後には忘れ去られた「万葉のこころ」といえましょう。

 2694~2696は「山」に寄せての歌。
2694の「あしひきの」は「山」の枕詞。上2句のうちの「尾」を同音の「峰(を)」に続け、「一峰越え」を導く序詞。「一峰越え」は、山一つを越えて。山鳥の長く立派な尾が、一つの峰を越えて向こうまで続いている様子ですが、同時に峰を越えていくほど遠い存在や、長く尾を引く思いを暗示しています。「一目見し子」は、ほんの一瞬、一度だけ見たあの子。「恋ふべきものか」の「か」は、反語。山を越えた他村の女に恋してしまった男の歌ですが、当時は他の村の女性との結婚は困難だったといい、それを思って強く抑制しようとしています。

 
2695の「逢ふよしをなみ」は、逢う方法がないので。「~を~み」の形で原因・理由を表すミ語法。「駿河なる」は、駿河にある。「富士の高嶺」は、富士山。「駿河なる富士の高嶺の」は、富士山が噴煙を上げていたことから「燃え」を導く序詞。「燃えつつかあらむ」の「つつ」は継続、「か」は疑問、「む」は推量。心の中で恋い焦がれていることを富士山の噴煙になぞらえた歌で、個人の胸の内を巨大な火山に投影したダイナミックな対比です。佐佐木信綱は、「後世では陳套の技巧に過ぎないが当初は最も自然で適切かつ新鮮な形容であったに相違ない」と述べています。

 ここでは、噴煙を上げていた富士山を背景に歌われています。富士山の噴火活動は、記録の上では天応元年(781年)が最初で、以後、延暦19~21年(800~802年)、天長3年(826年)、貞観6~7年(864~865年)に起こったとあり、9~10世紀のころは、ほぼ20~30年おきに噴火しています。これより前の万葉時代にも、ほぼ同じような状態だったと推測されています。日本でもっとも古い物語とされている『竹取物語』、かぐや姫が登場するこの物語にも、富士山のようすが書かれています。物語の最後のほう、かぐや姫が月に帰ってしまった後のこと、天皇がかぐや姫にもらった手紙と不死の薬を天にいちばん近い山の頂で火をつけて燃やすように命じ、そのためにその後ずっと煙が立ち上っているというのです。さらには、天皇の命令に従い多くの兵士が山に登ったことから、「富士の山(士に富む山)」と名づけられたとも。

 
2696の「荒熊」は、気性の荒々しい熊。「師歯迫山」は、大和にあったとされる山ですが、正確な場所は不明。上3句は、シハセ山のセの同音反復で「責めて」を導く序詞。「責めて」の原文「責而」をシヒテと訓み、シハセ山のシと同音を導くとするものもあります。「責めて問ふとも」は、厳しく問い詰めたとしても。周囲からの「誰と付き合っているのか」という執拗な詮索を指します。「汝が名は告らじ」は、あなたの名前は決して言うまい。「じ」は強い打消の意志。女が誓いの心をもって男に贈った歌とされ、佐佐木信綱は、「強い詰問におびえている女の心持を、おのづから暗示しているようで効果的である」と述べています。
 


『万葉集』に多く詠まれた山

  • 筑波山(常陸国) 22首
  • 春日山(大和国) 18首
  • 三笠山(大和国) 16首
  • 奈良山(大和国) 14首
  • 妹背山(紀伊国) 14首
  • 竜田山(大和・河内国境) 13首
  • 香具山(大和国) 11首
  • 富士山(駿河・甲斐国境) 11首
  • 泊瀬の山(大和国) 10首
  • 二上山(大和・河内国境) 10首
 

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