| 訓読 |
2750
吾妹子(わぎもこ)に逢はず久しもうまし物(もの)阿倍橘(あへたちばな)の苔(こけ)生(む)すまでに
2751
あぢの住む渚沙(すさ)の入江の荒磯松(ありそまつ)我(あ)を待つ児(こ)らはただ一人のみ
2752
吾妹子(わぎもこ)を聞き都賀野辺(つがのへ)のしなひ合歓木(ねぶ)吾(あ)は忍びえず間(ま)なくし思へば
2753
波の間(ま)ゆ見ゆる小島(こしま)の浜久木(はまひさぎ)久しくなりぬ君に逢はずして
2754
朝柏(あさかしは)潤八河辺(うるやかはへ)の小竹(しの)の芽の偲(しの)ひて寝(ぬ)れば夢(いめ)に見えけり
| 意味 |
〈2750〉
私の愛しい人に、長い間逢えないでいる。味の良い阿倍橘の木に苔が生えるほどに。
〈2751〉
アジガモが住んでいる渚沙の入江の荒磯松のように、私を待っている人はただ一人だけです。
〈2752〉
妻のことを聞き継ぎたい、その都賀野の野辺にしなう合歓木のように、私は忍びこらえることができない、絶え間なく思っているので。
〈2753〉
波間から見える小島の浜久木、その名のように随分久しくなりました、あなたにお逢いしないままに。
〈2754〉
潤八川の川辺に生える小竹の芽ではないけれど、あの人を偲んで寝たら、その姿が夢に見えました。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2750~2753は「木」に寄せての歌。2750の「うまし物の」は、味のうまい物。「阿倍橘」の「橘」は、橙(だいだい)の実がなる樹木で、薬用・食用にされていました。古来「非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)」と呼ばれ、永遠の象徴でもありました。「阿倍」は駿河国の地名で、名産として冠したものとされます。「苔むす」は、長い年月を表す言葉。久しい時間の譬喩として木に苔生すという表現は多くの用例がありますが、ここでの「苔」は、岩に生える苔ではなく、食物が腐って生える「カビ」を指すという説があります。「(美味しいはずの果実に)カビが生えるほど放置されている」という比喩だというものです。
2751の「あぢ」は、アジガモ。「渚沙の入江」は、愛知県知多郡南知多町の須佐湾とも、和歌山県有田郡の須佐郷(現在の有田市)とも言われます。「荒磯松」は、海岸の荒々しい岩の上に生えている松。上3句は、マツの同音反復により「我を待つ」を導く序詞。「荒磯の松」という表現は、荒波に洗われ、厳しい風に耐えながら岩場に立つ松の姿、すなわち「周囲の非難や、いつ帰るか分からない不安に耐えながら、健気に自分を待ち続けている妻の姿を象徴しています。「ただ一人のみ」という言葉には、「自分をこれほど待ってくれる人は、この世で彼女しかいない」という、唯一無二の絆への感謝の気持ちと、「彼女には私しかいない(だから裏切れない、早く帰らねばならない)」という、男としての決意が込められています。
2752の「吾妹子を聞き」の7音は、聞き継ぐ意で「都賀野」を導く序詞。「都賀野」は、所在未詳。「しなひ」は、木の枝が重みで垂れ下がること。「合歓木」は、初夏に細い糸を集めたような淡紅色の花が咲き、夜になると葉が合わさって閉じ、眠るように見えることから「ねむ」と呼ばれました。中国では夫婦円満の象徴の木とされ、名前には「男女の営みを歓び合う」意が込められており、『万葉集』の原文表記もそれに従っています。3句までが、シナヒとシノビとの類音反復で「忍びえず」を導く二重の序詞になっています。一方、「しなひ」の原文「靡」をナビキ、「忍びえず」の原文「隠不得」をコモリエズと訓み、ナビキは、葉が夜に合わさることを靡き寄るに言い換えたものであり、葉のしぼむ意をコモリと異語同義で続けて序詞にしたとする見方があります。
2753の「波の間ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「浜久木」は、浜に立つ久木で、久木はアカメガシワの古名とされますが、キササゲとも柴の類とも言われ、未詳。上3句は「久しく」を導く同音反復式序詞で、眼前の実景を捉えたものでもあります。「久しくなりぬ」は、本当に長い時間が経ってしまったなあ。「波の間ゆ見ゆる」という描写により、視界が完全に開けているわけではなく、激しく動く波の向こうに、一瞬だけ遠くの小島が覗くという、不安定で切ない光景が浮かびます。この「見えそうで見えない」感覚は、逢えそうでも逢えない作者の焦燥感と、遠く離れた相手への届かぬ想いを象徴しています。なお、この歌は、『伊勢物語』に「浪間より見ゆる小島の浜びさし久しくなりぬ君に相見で」として載せられています。
2754は「小竹」に寄せての歌。「朝柏」は、朝の柏の葉が潤う意で「潤八川」にかかる枕詞。「潤八川」は、所在未詳ながら、静岡県富士宮市と富士市を流れる潤井川ではないかとする説があります。上3句は、シノの同音反復で「偲ひて」を導く序詞。「偲ひて寝れば」の「偲ひて」は、相手を恋しく想い、心に描き続けること。「夢に見えけり」は、夢に相手が現れるのは相手が自分を強く想っているからという当時の信仰を踏まえています。人麻呂歌集の「秋柏潤和川辺の小竹の芽の人には忍び君に堪へなくに」(2478)に倣って作った歌とされ、窪田空穂は、「原歌の豊かな気分を、平明な抒情に変えたもの」と評しています。

一人称の「わ」と「あ」
『万葉集』の歌の一人称の代名詞には、ワガ・ワレのようなワ系の語と、アガ・アレのようなア系の語があります。どのように使い分けされるかについて、たとえば、一人称が「恋」という名詞に続く場合は、その殆どがア系の語が用いられているとの指摘があります。「我(あ)が恋ひ行かむ」の他、「我(あ)が恋まさる」「我(あ)が恋やまめ」「我(あ)が恋わたる」などの例があります。一般的あるいは複数的に用いられる場合は、ワ系であるのに対し、ア系は、単数的、孤独的である場合に用いられているとされます。
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東海(愛知県・静岡県)について
むかしの国名でいって、尾張・三河はこんにちの愛知県であり、遠江・駿河・伊豆は静岡県である。こんにち東国という言葉はあまり使われないが、いっぱんには関東地方をさしていうようである。東国の範囲は時代により変遷があるが、古くは不破の関(美濃)・鈴鹿の関(伊勢)以東、すなわち近畿以東の諸国はすべて東国であった。万葉におさめられている東歌や防人歌では遠江・信濃以東になっている。愛知・静岡両県も東国のうちにはいるわけだが、両県とも東海道の道筋にあたり東海に沿う地方だから、両県をあわせてわかりやすく東海とした。
もともと東国の地方は、中央大和人にとって、未開の地として異郷感にみちた一種のあこがれがいだかれていたようである。官命で東海地方を旅ゆく人の心情にもその姿勢が見られる。それに北国の雪国と異なって黒潮に面して気候も温暖で比較的明るい風土である。中央から東国諸国への交通路として、主として東海道の道筋に沿うての往還の中央官人らによる抒情がここに展開している。その上、おおむね土着の人々のあいだでうたわれていた歌と考えられる東歌が点在し、遠江以東には防人出身地として、防人らの歌も見られる。土着の歌と中央人の歌とが交錯しているのがこの地方である。
この地方の万葉に出てくる地名を歌・題詞・左註すべて延てみれば、概数で、愛知県に約20、静岡県に約75となる。ことに静岡県には東歌関係のもの約25、防人関係の10余を数えて、近畿には見られない特色をしめしている。
~『万葉の旅・中』犬養孝著/平凡社から引用
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