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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2765~2769

訓読

2765
吾妹子(わぎもこ)に恋つつあらずは刈り薦(こも)の思ひ乱れて死ぬべきものを
2766
三島江(みしまえ)の入江の薦(こも)を刈りにこそ吾(われ)をば君は思ひたりけれ
2767
あしひきの山橘(やまたちばな)の色に出でて吾(あ)は恋(こひ)なむを人目(ひとめ)難(かた)みすな
2768
葦鶴(あしたづ)の騒く入江の白菅(しらすげ)の知らせむためと言痛(こちた)かるかも
2769
吾(わ)が背子(せこ)に吾(あ)が恋ふらくは夏草の刈り除(そ)くれども生(お)ひ及(し)くごとし

意味

〈2765〉
 いとしいあの子をいつまでも恋い慕うのはやめて、いっそのこと、刈った薦が乱れるように、思い乱れて死んでしまったほうがよい。
〈2766〉
 三島江の入江の薦を刈り取るといいますが、あなたは、ほんのかりそめの気持ちで私を思っていたのですね。
〈2767〉
 山橘の赤い実のように、私は恋心を顔色に出してしまいそうですが、あなたも人目など気にしないでください。
〈2768〉
 鶴が鳴く入江の白菅ではないが、私の恋心をあなたに知らせようとして、人がひどく噂するのだろうか。
〈2769〉
 あの方に恋い焦がれる私の気持は、刈り取っても刈り取っても生えてくる夏草のようなものです。

鑑賞

 作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、いずれも「草」に寄せての歌。2765の「恋ひつつあらずは」は、恋い続けているのでないならば。転じて「こんなに苦しく恋い続けているくらいなら、いっそのこと〜(したほうがよい)」という、逆説的な仮定を含みます。「刈り薦の」は、刈り取った薦が乱れやすいことから「思ひ乱る」にかかる枕詞。「死ぬべきものを」は、死んでしまったほうがよかったのに(死んでしまいたい)。実ることのない恋、あるいは出口の見えない片思いの苦悶が、バラバラに散らばる刈り薦のイメージと重なり、自己の崩壊を願うほどの苦悩を浮き彫りにしています。

 
2766の「三島江」は、淀川下流の古称で、大阪府高槻市南部から下流、大阪市東淀川区東端のあたり。上2句は「刈りに」を導く序詞。「刈りにこそ」の「刈りに」は、仮に、かりそめに、の意を掛けています。「こそ」は強調で、ただ刈り取るためだけに。「思ひたりけれ」は、思っていたのですね。「〜たりけれ」は、今初めて気づいた、という発見や詠嘆のニュアンスを含みます。男を恨む女の歌で、男性がよく口にする「愛している」という言葉の裏にある、「一時的な欲望(遊び)」を、地名と植物を使いながら鮮やかに暴き出しています。

 
2767の「あしひきの」は「山」の枕詞。「山橘」は、ヤブコウジ。上2句は、山橘の赤い実が目立つことから「色に出でて」を導く譬喩式序詞。「色に出でて」は、顔色に出て。単独母音イを含む許容される字余り句。「恋ひなむ」の「な」は強意、「む」は推量・意志。恋い慕ってしまうだろうに。「人目難みすな」は、他人の目が気になるからといって(逢うのを難しく)しないでください。原文「八目難爲名」で、ヤメガタクスナと訓むものもありますが、ここは「八」と「人」の誤字だとしてヒトメカタミスナと訓んでいるものです。ヤメガタクスナでは、4句目までと合わないからです。

 
2768の「葦鶴」は、葦辺にいる鶴。鶴は群れで鳴き交わすため、騒がしさの象徴となります。「白菅」は、白みを帯びた菅の一種。上3句は、シラの同音反復で「知ら」を導く序詞。「知らせむためと」は上記の解釈とは別に、世間の人に知らせようとして、と解するものもあります。また、原文「知爲等」をシラレシタメトと訓んで、人に知られたために、と解するものもあります。「言痛かる」は、うるさい、煩わしい。男女どちらの歌とも取れます。

 
2769の「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。「夏草の」は、旺盛な生命力の比喩。「刈り除くれども」は、刈り取って取り除こうとしても。「生ひ及く」は、あとからあとから生える。自らの恋心を、刈っても刈っても生えてくる夏草の圧倒的な繁殖力に例え、そのしつこさと強さを表現しています。それはもはや、美しさよりも「凄まじさ」に近い感情です。
 


ヤブコウジ

 『万葉集』では「山橘」と呼ばれる ヤブコウジは、サクラソウ科ヤブコウジ属の常緑低木。別名「十両」。林内に生育し、夏に咲く小さな白い花はまったく目立たないのですが、冬になると真っ赤な実をつけます。この実を食べた鳥によって、種子を遠くまで運んでもらいます。

 古くから日本人に愛されてきた植物であり、江戸時代の寛政年間に、葉に斑が入るヤブコウジが好事家の間で人気を呼び、多くの品種がつくられました。日陰や寒さにも強く、栽培も容易なヤブコウジは、現代においても、寄せ植えや観葉植物、また盆栽鉢に植えて古典園芸植物などのように様々なスタイルで楽しまれています。

 ヤブコウジの実の「赤」は、古来、「偽りのない本心」や「激しい情熱」の象徴とされました。上の2767の歌の作者は、自分の恋心がこの実のように、誰の目にも明らかなほど鮮明に表に出てしまっている(あるいは出すつもりだ)と語っています。
 

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