| 訓読 |
2780
紫(むらさき)の名高(なたか)の浦の靡(なび)き藻(も)の心は妹(いも)に寄りにしものを
2781
海(わた)の底 奥(おき)を深めて生(お)ふる藻(も)のもとも今こそ恋はすべなき
2782
さ寝(ぬ)がには誰(たれ)とも宿(ね)めど沖つ藻(も)の靡(なび)きし君が言(こと)待つ吾(われ)を
2783
吾妹子(わぎもこ)が何とも吾(われ)を思はねば含(ふふ)める花の穂(ほ)に咲きぬべし
2784
隠(こも)りには恋ひて死ぬとも御園生(みそのふ)の韓藍(からあゐ)の花の色に出でめやも
| 意味 |
〈2780〉
紫のように名高い名高の浦に揺れ靡く藻のように、私の心はすっかりあの子に靡き寄っているものを。
〈2781〉
海の奥底で深く根を下ろして生えている藻のように、根深く恋い焦がれ、今は何とも手の施しようがない。
〈2782〉
寝ようと思えば誰とでも寝ましょうが、沖の藻が靡くように、いったんあなたに靡き寄ったあなたのお言葉だけをお待ちしている私です。
〈2783〉
愛する人が私を何とも思ってくれないので、花の蕾が開くように、自分の恋心を露わにしてしまいそうだ。
〈2784〉
人知れず、恋い焦がれて死んでしまっても、あなたのお庭の鶏頭の花の色のように、はっきりと顔に出したりいたしません。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首。2780~2782は「藻」に寄せての歌。2780の「紫の」は、高貴な名高い色の意で「名高」にかかる枕詞。「名高の浦」は、和歌山県海南市名高の海。「靡き藻」は、波の動きに合わせて、一定の方向へとゆらゆらとたなびく海藻。上3句は「寄りにし」を導く序詞。序詞は譬喩であるとともに作者の男の住地を表しているとみられます。「寄りにしものを」の「~にしものを」は、~してしまったのになあ、という、逆接を含んだ詠嘆。
自分の心はもう完全に彼女のものになってしまっているのに、現実は思うようにいかない(あるいは彼女が振り向いてくれない、噂が邪魔をするなど)という、もどかしい余韻を残しています。
2781の「海の底」は、深いのみならず遠い意で「沖」にかかる枕詞。「奥を深めて」は、沖の深さをますます深くしてという、深淵なイメージ。上3句は、モの同音で「もとも」を導く序詞。「藻のもと」は、藻の根もとで、ここから「もとも(最初から、もとより)」という言葉を導きます。「すべなき」は、どうしようもない、お手上げだ、という意。「なき」は「こそ」の係り結びで、已然形であるべきところ、形容詞に已然形がなかったので、連体形で結んだもの。「今こそ」と強調することで、ついに限界点に達したという切迫した感情が表現されています。
2782の「さ寝がには」の「さ」は、接頭語、「がに」は程度を表す助詞で、共寝するくらいのことは。「誰とも宿めど」は、誰とでも寝ようが。「~めど」は、~するだろうけれど、~してもいいけれど、の意。「沖つ藻の」は沖の藻の意で「靡く」の比喩的枕詞。「靡きし君」は、心を寄せたあなた。女の歌で、「誰と寝てもいい」と言いつつ、結局は「あなたの言葉を待っている」と結ぶところに、捨てきれない未練と深い孤独が漂います。「言」とは、将来の約束(婚約や再会の誓い)であったのかもしれません。この歌について、斎藤茂吉は次のように言っています。「なかなか複雑している内容だが、それを事も無げに詠みおおせているのは、大体そのころの男女の会話に近いものであったためでもあろうが、それにしても吾等にはこうは自由に詠みこなすことができない」。なお、歌の解釈を、男の立場で、自分に靡き寄ったそなたが妻になるという言葉を待つ自分であるよ、のように解するものもあります。
2783・2784は「花」に寄せての歌。2783の「何とも吾を思はねば」の「ねば」は順接で、何とも私のことを思ってくれないので。「含める花」は、つぼんだ花の意で、心の中に秘めている恋心の比喩。「含む」は、もともと口の中に何かを入れる意で、その口がふくらんだ様子から蕾がふくらむ意に転じた語です。「穂に咲きぬ」は、隠していたことが人目につくようになる譬喩。相手が自分を意識してくれないという事実は、本来なら諦めの理由になるはずですが、この作者にとっては、相手の冷淡さがむしろ、自分の中に溜まった感情を膨らませる圧力になっています。佐佐木信綱は、「普通の譬喩を用いた以上に、強い決心で突進する気持がよくあらはれている」と評し、窪田空穂は、「懸想した女が冷淡なので、ますます心がつのりそうだということを、説明的にいった歌である」と言っています。
2784の「隠りには」は、人知れず、ひそかには。「韓藍の花」は、原文「鶏冠草花」で、鶏頭(けいとう)の花のこと。「御園生」は、宮廷や貴人の美しい庭園。ここから、当時も庭で栽培されていたことが分かります。元の品種は鶏のトサカ色で、赤い花だったといいます。「色に出でめやも」の「や」は強い反語で、表面にあらわそうか、あらわしはしない。韓藍は、当時の植物の中でも際立って赤く、人目を引く存在でした。そんなに目立つ色(=噂になるような態度)で自分の恋を安っぽくさらけ出すくらいなら、誰にも知られずに死んだ方がマシだという、極めてプライドの高い情熱が描かれています。男女どちらの歌とも取れます。

相聞歌の表現方法
『万葉集』における相聞歌の表現方法にはある程度の違いがあり、便宜的に3種類の分類がなされています。すなわち「正述心緒」「譬喩歌」「寄物陳思」の3種類の別で、このほかに男女の問と答の一対からなる「問答歌」があります。
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