| 訓読 |
2803
里中(さとなか)に鳴くなる鶏(かけ)の呼び立てて甚(いた)くは泣かぬ隠(こも)り妻(づま)はも
2804
高山(たかやま)に高部(たかべ)さ渡り高々(たかたか)に我(あ)が待つ君を待ち出(い)でむかも
2805
伊勢の海ゆ鳴き来る鶴(たづ)の音(おと)どろも君が聞こさば吾(あれ)恋ひめやも
2806
吾妹子(わぎもこ)に恋ふれにかあらむ沖に棲(す)む鴨(かも)の浮寝(うきね)の安けくもなし
2807
明けぬべく千鳥(ちどり)しば鳴く白栲(しろたへ)の君が手枕(たまくら)いまだ飽(あ)かなくに
| 意味 |
〈2803〉
里の中でけたたましく鳴く鶏のように、声を張り上げて激しく泣くことはない、あの隠れ妻は。
〈2804〉
高い山を高部が高々と渡っていくように、高々と爪立つ思いで、私が待っているあの方だけど、はたして待ち受けて逢えるだろうか。
〈2805〉
伊勢の海から鳴きながら飛んでくる鶴の声のように、音沙汰だけでもあなたが下されば、私はこんなにも恋い焦がれるでしょうか。
〈2806〉
あの子に恋い焦がれているからだろうか、沖に棲む鴨が波に浮かんで寝るように、気持ちが揺れ動いて少しも落ち着かない。
〈2807〉
夜が明けてしまいそうだと、多くの鳥がしきりに鳴き立てている。あなたの手枕にまだ満足していないのに。
| 鑑賞 |
作者未詳の「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」5首で、いずれも「鳥」に寄せての歌。2803の上2句は「呼び立てて甚く泣く」を導く序詞。「甚くは泣かぬ」は、激しくは泣かない、の意。本当は別れが辛くて泣き叫びたいはずなのに、周囲に二人の関係がバレないよう、声を殺して耐えている様子を表しています。「隠妻はも」の「はも」は詠嘆で、隠妻はなあ、と人目を憚って逢い難くしている妻を憐れんだ心。「隠り妻」は、当時はむしろ普通のありようではありましたが、この女性は、静かに耐えています。
「甚くは泣かぬ」という抑えた描写が、かえって彼女の芯の強さと、忍ぶ恋の切実さを浮き彫りにしています。
2804の「高部」は、小鴨の一種あるいは高い所を飛ぶ鳥の群れ。「さ渡り」の「さ」は接頭語で、飛び渡り。上2句は、タカの同音反復で「高々」を導く序詞。「高々に」は、爪先立って背伸びする意から、しきりに人を待つさま。「待ち出でむかも」の「待ち出づ」は、待ち受けて出会う。「む」は推量の助動詞。「かも」は、疑問。夫が来るのを待ち望んでいる女の歌で、タカとマツを繰り返した音調に面白さがあります。
2805の「伊勢の海ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。上2句は「音どろ」を導く序詞。「音どろ」はここより他になく語義未詳ながら、前後の文脈から「音沙汰」と解釈。「聞こさば」は、おっしゃるならば。「聞こす」は「言ふ」の敬語。「吾恋ひめやも」は、強い反語の表現。伊勢の海から鳴いて来る鶴を「音どろ」の序詞としたのは、その方面に旅して行った夫を思って詠んだ妻の歌だろうとされます。
2806の「恋ふれにかあらむ」は、恋しく思うからだろうか。「沖に棲む」は「鴨」の枕詞。「浮寝」は、水鳥が水面に浮かんだまま眠ること。転じて、落ち着かない眠り、仮寝、不安な夜を意味する、『万葉集』から続く文学的キーワードです。「沖に棲む鴨の浮寝の」は「安けくもなし」を導く譬喩式序詞。「安けくもなし」の「安けく」は「安し」のク語法で、安らかではない、心が休まらない。「水面の不安定さ」と「恋の不安」を重ね合わせた歌であり、岸から遠く離れた「沖」という場所が、誰にも助けてもらえない、自分一人で耐えるしかない孤独な恋の状況を際立たせています。
2807の「明けぬべく」は、明けそうだと。「千鳥」は、ここは多くの鳥。「しば鳴く」は、しきりに鳴く。その声は、二人の幸せな時間を切り裂くカウントダウンです。「白栲の」は「手枕」の枕詞。「君が手枕」は、腕枕のこと。二人が肌を寄せ合って共寝をしている、親密な情景を直接的に指しています。「いまだ飽かなくに」は、まだ飽かないことであるものを、満足したわけでもないのに。後朝の別れを惜しむ女の歌であり、外では刻一刻と朝の気配が近づき、鳥たちが騒ぎ出している。その焦燥感が、静かな寝室にいる二人の対照的な沈黙を際立たせます。

『万葉集』クイズ
『万葉集』の歌に見える次の語句の意味を答えてください。
【解答】 1.しかしながら、そうはいうものの 2.妹(妻)の許 3.ひっきりなしに 4.板を渡して自由に架け外しできる簡単な橋 5.心細い、おぼつかない 6.ひょっとして、もしかすると 7.墓、墓所 8.求婚し結婚すること 9.遠く近く、あちらこちら 10.甚だしく
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