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巻第11(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第11-2816~2819

訓読

2816
うらぶれて物な思ひそ天雲(あまくも)のたゆたふ心(こころ)吾(あ)が思はなくに
2817
うらぶれて物は思はじ水無瀬川(みなせがは)ありても水は行くといふものを
2818
かきつはた佐紀沼(さきぬ)の菅(すげ)を笠に縫ひ着む日を待つに年ぞ経にける
2819
押照(おして)る難波(なには)菅笠(すががさ)置き古し後は誰(た)が着む笠ならなくに

意味

〈2816〉
 しょんぼりと物思いなんかしないでおくれ。私の心は、空の雲のように揺れ動いたりはしないのだから。
〈2817〉
 しょんぼりと物思いなどいたしません。水無川であっても、人目につかない底にはずっと水が流れるといいますもの。
〈2818〉
 杜若(かきつばた)が咲いている佐紀沼の菅を笠に縫い、それをかぶる日を待っているうちに、ずいぶん年が経ってしまった。
〈2819〉
 難波の菅笠を、古くなるまで放っておいたところで、後にあなた以外の誰かが使う笠だというわけでもないのに。

鑑賞

 作者未詳の問答歌2組。2816は男の歌、2817はそれに答えた女の歌。2816の「うらぶれて」は、しょんぼりして。「物な思ひそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。「天雲の」は「たゆたふ」の比喩的枕詞。「たゆたふ」は、揺れ動く、ためらう。「思はなくに」は、~ではないのだからという理由・説明。不実を疑われた男が、それを否定している歌です。2817の「物は思はじの「じ」は、打消推量・意志の助動詞。「水無瀬川」は、水のない川。表面には見えない伏流水が流れます。「ありても」は、そうした川であっても。「水は行く」は、実際には水が絶えず流れているということ。この歌について窪田空穂は、「男の歌をそのままには受け入れないが、さすがに頼みを懸けて、水無瀬川の譬喩でその頼む心をあらわしているのである。この譬喩は、直接にいえば烈しい語にもなりかねないものを、このように婉曲にしたために、訴えの気分を含んだものとなったので、その意味で上手である」と述べています。

 2818は男の歌、2819はそれに答えた女の歌。
2818の「かきつはた」は、その花が咲く意で「佐紀沼」にかかる枕詞。「佐紀沼」については、『日本書紀』には、同じ読み方をする「狭城池」をつくったという話が出てきます。平城京の北の外れにある水上池(みずがみいけ)だとする説もあります。「菅」は、笠や蓑を編むのに使われる植物。「笠に縫ひ着む日」は、笠を縫って身につける日。比喩的に「準備が整って目的を果たす日」や「公に結ばれる日」を指します。結婚をしようと思っているうちに日を経てしまったという男の言い訳の歌とされます。2819の「押照る」は、日の強く照る意で「難波」の枕詞。「難波菅笠」は、難波の名産の菅で作った笠。「置き古し」は、使わずに放置したまま古びさせること。「笠ならなくに」は、~という笠ではないのだから。女は、菅笠(私)を置き古しなどせずに、あなたが早く使ってほしい、と言っています。

 なお、『万葉集』に「佐紀」と詠まれた場所は、現在の奈良市佐紀町に、二条町、山陵(みささぎ)町なども含めた広い地域だったと考えられています。「佐紀沼」や「佐紀沢」とあることから、沼や沢の多い場所だったようです。また、『万葉集』の歌に頻繁に出てくる菅や葛といった植物が、古代にはみそぎに関係があったのか、人々の生活に相当深い関係を持っていたことが窺えます。
 


三大歌集の比較

万葉集

  1. 歌を呪術とする意識が残り、対象にはたらきかける積極的な勢いが、力強く荘重な調べとなる。
  2. 実感を抑えず飾らず大胆率直に表現する。簡明にして力強く、賀茂真淵は「ますらをぶり」と評する。
  3. 日常生活そのままでないにしても、現実の体験に即して歌うことが多く、具象的、写実的で印象が鮮明。
  4. 用語、題材についてすでに雅俗を分かつ意識が生じているが、なお生活に密着したものが比較的多く、素朴、清新の感をもって訴えかける。時に粗野。
  5. 五七調で、短歌は二句切れ、四句切れが多く、重厚な調べ。後期には七五調も現れる。歌謡の名残をとどめ音楽的効果をねらった同音同語の反復もある。
  6. 素朴な枕詞、序詞を多用。ほかに掛詞、比喩、対句を使用。
  7. 率直に表現するため、断言的な句切れが多い。終助詞による終止、詠嘆「も」「かも」を多用。

古今和歌集

  1. 宗教や政治を離れ、歌それ自体が目的となり、洗練された表現により美の典型をひたすら追求する。
  2. 感情を生のまますべてを表すことを避け、屈折した表現をとる。その婉曲さが優美繊細の効果を生む。
  3. 日常体験から遊離した花鳥風月や恋・無常など、情趣化された世界を機知に富んだ趣向や見立てにより表現する。理知がまさり、時に観念の遊戯に陥る。
  4. 優雅の基準にかなう題材を雅かなことばで詠ずるため、流麗であるが、単調となる弊がある。
  5. 七五調で、三句切れが多く、流暢な調べとなる。
  6. 掛詞、縁語の使用が多い。それらが観念的な連想を生み、虚実あるいは主従二様のイメージを交錯させ、纏綿たる情緒を楽しませる。掛詞がさらに進んでことばの遊戯となったものが物名であり、それで一巻をなす。ほかに枕詞、序詞、比喩、擬人法などを用いる。
  7. 理知的に屈折した表現をとるため、推量、疑問、反語による句切れが多い。助動詞による終止が目立つ。詠嘆の終助詞は「かな」を用いる。

新古今和歌集

  1. 乱世の現実を忌避し、王朝に憧れる浪漫的な気分が支配し、唯美的、芸術至上主義的な立場に立つ。
  2. 世俗的な感情を拒否し、「もののあはれ」という伝統的な感覚を象徴的な手法で縹渺とただよわせる。幽玄余情の様式を完成するが、時に晦渋に陥る。
  3. 客観的具象的な世界を浪漫的な心情風景に再構成し、現実を超えた絵画あるいは物語のごとき世界をつくる。
  4. 選び抜かれた素材を言語の論理性を超えた技巧によって表現し、幽玄妖艶の美、有心の理念を追求する。
  5. 七五調で、三句切れが多く、また初句切れも目立つ。
  6. 掛詞、縁語、比喩はかなり用いられるが、枕詞、序詞の使用は著しく減少する。古歌の句を借用しただけの単純な本歌取りは 古今集にもみられるが、新古今集では高度な表現技法にまで磨かれ、物語的な情緒を醸し出す象徴の手法として用いられる。
  7. 体言止めを多く用いる。

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古典に親しむ

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