| 訓読 |
2828
紅(くれなゐ)の深染(ふかそ)めの衣(きぬ)を下に着ば人の見らくににほひ出(い)でむかも
2829
衣(ころも)しも多くあらなむ取り替(か)へて着ればや君が面(おも)忘れたる
2830
梓弓(あずさゆみ)弓束(ゆづか)巻き替へ中見(なかみ)さし更(さら)に引くとも君がまにまに
2831
みさご居(ゐ)る洲(す)に座(ゐ)る船の夕潮(ゆふしほ)を待つらむよりは吾(われ)こそまされ
2832
山川に筌(うへ)をし伏せて守りあへず年の八年(やとせ)を吾(わ)がぬすまひしけ持ちて行くべく思ほゆ
| 意味 |
〈2828〉
紅に色濃く染めた着物を内に着たら、人が見た時に色が透けて見えるだろうか。
〈2829〉
着物はいくらでも多くありたいものですが、取り替え引っ替え着ていらっしゃるせいでしょうか、あなたは私の顔をお忘れのようです。
〈2830〉
梓弓の弓束を新しく巻き替えておきながら、古い弓に中見をさして、もう一度引こうというのなら、どうぞご勝手に。
〈2831〉
ミサゴの棲む洲に取り残されている舟が、夕方の満ち潮をひたすら待っているけれど、それより私があなたを待つ思いの方がもっとまさっています。
〈2832〉
山川に筌を仕掛け、番をしていても十分に守りきれない。それと同じに、あの娘を8年間もこっそりと横取りしてきた。
| 鑑賞 |
「譬喩」とある作者未詳歌5首。「譬喩」について窪田空穂によると、「この部立は、すでに巻三、七、十に出ており、また、後の巻十三、十四にも出て来る。物に寄せて思を陳ぶる歌よりも、譬喩の意の濃厚な物として抽き出した物であるが、既成の歌に後より分類を加えたものであるから、その境界は勢い曖昧とならざるを得ない。「譬喩」の部に加えられてはいるが、その程度の低いものと、「物に寄せて」の歌の譬喩の程度の高いものとは、全く差別が付けられないのである。中には、一見譬喩のごとく見え、その実それでないものさえあって、ある程度の混雑をもったものである。資料とした本にこのようになっていたところから、それにそのまま従ったのであろう」。
2828は「衣に寄せて」思いを譬えた男の歌。「紅の濃染めの衣」は、何度も紅の染料に浸し、濃く鮮やかに染めた衣で、美しい女の比喩。「下に着ば」は、下着として来たならばの意で、女とひそかに契りを結ぶことを譬えています。「人の見らくに」の「見らく」は「見る」のク語法で名詞形。他人が見る時に、世間の人の目に。「にほひ出でむかも」の「にほふ」は、色が美しく映える、あるいは内側から輝き出るという意味。「かも」は疑問。隠しているつもりでも、あまりの激しさに表に溢れ出てしまうのではないか、という不安と自負。窪田空穂は、「全部が隠喩になっており、語は美しく、調べも豊かさのある歌である」と評しています。
2829は「衣に寄せて」思いを譬えた女の歌。「衣しも多くあらなむ」の「しも」は強調、「なむ」は、願望の助詞。「取り替へて」は、衣のように次々と多くの女性と関係を結ぶ譬喩。「面忘れたる」は、顔を忘れてしまった。女が男を非難する歌として上掲のような解釈としましたが、夫への満たされない恋に悩み、着物を取り換えて着たら、気分が変わって顔を忘れることができるでしょうか、あるいは、着物がもっとたくさんあればいいのに。次々と着物を取り替えて着ているせいでしょうか、あの方のお顔を忘れてしまったのは。のように解するものもあります。
2830は「弓に寄せて」思いを喩えた女の歌。「梓弓」は、神聖な梓の木で作った弓。上2句は、新しい女に乗り替えておきながら、の意。「中見さし」は語義未詳ながら、「中見」は弓に矢をつがえる時の目印のことで、「さし」はその印をつけることとする説があります。「さらに引く」は、元の女を再び誘う、の意。上掲のような解釈とは別に、梓弓の握り手を巻き直し、中ほどに矢をつがえ直して改めて弓を引き絞るように、あなたが何度私を引き寄せて扱ったとしても、私はあなたの心のままに従うつもりです、のように解する、あるいは、いったん人の妻となっていたが絶縁し、他の人の妻となろうとする時の歌と解するものもあります。
2831は「船に寄せて」思いを譬えた女の歌。「みさご」は、入江近くに棲んで魚を獲る猛禽類。「洲に座る船」は、船が浅瀬や砂洲に乗り上げて動けなくなっている状態。「夕潮を待つらむ」は、夕方の満潮を待って漕ぎ出そうとしている意で、夫を待つ自身に対比しています。「吾こそまされ」は、私の方が勝っている。「こそ」の係り結びで「まされ(已然形)」となり、強い断定を表します。砂洲に乗り上げた船は、自力では動けず、ただ潮が満ちるのを待つしかありません。その圧倒的な無力感と、一刻も早い救済(満潮)への渇望を、自分の恋心に重ねています。単に「待つ」と言うよりも、比喩を使うことでそのもどかしさがより立体的に伝わってきます。国文学者の稲岡耕二は、「洲に擱坐した舟を譬喩の対象としたのが斬新で、印象的」と評しています。
2832は「魚に寄せて」思いを譬えた男の歌。「山川」は、山中を流れる川。「筌」は、竹で作った川の流れの中に仕掛ける筒状の道具で、捕まった魚が逃げないように細工したもの。「守りあへず」は、番をしきれずに、守り通せなくて。「年の八年」は、8年もの長い間。単に「長い間」の比喩でもあります。「ぬすまひし」は、盗み続けてきた。母親または夫が守り続けた娘をずっと盗み続けてきたといって得意になっている歌で、まあ、8年というからには、やはり相手は人妻だったのでしょう。油断のならないことを言っている歌です。

『万葉集』クイズ
次の歌はいずれも山部赤人の歌です。それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.なのりそ 2.からあゐ(韓藍) 3.まま(真間) 4.ひさき(久木) 5.あま(海女) 6.あかも(赤裳) 7.すみれ 8.うめ(梅) 9.はぎ(萩) 10.たまも(玉藻)
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