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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-2878~2882

訓読

2878
ぬばたまの寐(い)ねてし宵(よひ)の物思(ものも)ひに裂(さ)けにし胸(むね)はやむ時もなし
2879
み空行く名の惜(を)しけくも我(わ)れはなし逢はぬ日まねく年の経(へ)ぬれば
2880
うつつにも今も見てしか夢(いめ)のみに手本(たもと)まき寝(ぬ)と見るは苦しも
[或本の歌の発句には『我妹子を』といふ]
2881
立ちて居(ゐ)てすべのたどきも今はなし妹(いも)に逢はずて月の経(へ)ゆけば
[或本の歌には『君が目見ずて月の経ぬれば』といふ ]
2882
逢はずして恋ひわたるとも忘れめやいや日に異(け)には思ひ増すとも

意味

〈2878〉
 共寝した夜を思い出しては、張り裂けてしまったこの胸の思いは、いっこうに休まる時もない。
〈2879〉
 空に広がるように世間に評判が立とうとも、我が名は惜しくはない。逢えない日が重なり年が経ってしまったので。
〈2880〉
 現実に今すぐにでも逢いたい。夢の中でばかり手枕を交わして寝るところを見るのはつらい。(愛しいわが妻を)
〈2881〉
 立ったり座ったりして、どう手を付けていいか今は分からない。あなたに逢わないまま月が替わってしまうので。
〈2882〉
 逢わないままで恋続けることはあっても、どうして忘れるなんてことがありましょうか。日増しに思いがつのることはあっても。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2878の「ぬばたまの」は「夜」の枕詞。「寐ねてし宵の」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、直接体験した強い記憶を指します。幸せの絶頂だったあの一夜という鮮烈な回想になります。原文「宿而之晩乃」で、ネテノユフヘノ、ネテシユフヘノなどと訓むものもあります。「物思ひ」は、共寝の後なので物思いをすることはないはずですが、共寝をした夜のはげしい感動を言っているのか、あるいは、すぐにまた逢いたいと願う切なる物思いか。「やむ時もなし」は、休まる時もない。女に逢った翌朝、男から贈った、いわゆる後朝の歌です。

 
2879の「み空行く」の「み」は接頭語で、空を行く月や雲のように、噂が世間に広く伝わっていく様子を表す枕詞的な表現です。「名の惜しけく」の「惜しけく」は「惜し」のク語法で、名の惜しいこと。「まねく」は、多く。「年の経ぬれば」は、年が過ぎてしまったので。窪田空穂は、「独詠ともみえるが、妻に贈った歌であろう」とし、「名を重んじる心から、妻の許に通うことを憚り、年を越えるまでの久しい間を逢わずにいたが、さすがに恋情の切なるものを感じ、逢おうかという心を起こした歌」と述べています。

 2880の「うつつに」は、現実に。「見てしか」の「てしか」は、願望。「手本まき寝」は、腕枕を交わして共寝する意。「見るは苦しも」は、見るのは苦しい。原文「見者辛苦毛」で、ミレバクルシモと訓むものもあります。窪田空穂は、「女に訴えた歌である。心としては類想の多いものであるが、この歌はそれを思わせない切実味をもっている」と評しており、伊藤博は、「現実と夢とを対照して、夢の逢いを苦しいとする歌は多いが、この歌はその中でも卓越している」と言っています。

 
2881の「立ちて居て」は、立ったり座ったりして。「居ても立ってもいられない」という激しい焦燥感を表す語で、心が千々に乱れ、じっとしていられず、かといって何か解決策があるわけでもない。そんなパニックに近い心理状態が、この「立ちて居て」の四文字に凝縮されています。「すべのたどきも今はなし」の「すべ」は方法、「たどき」は手段の意で、どちらも打消しを伴って重複させて多く用いられています。「月の経ゆけば」の原文「月之經去者」で、ツキノヘヌレバと訓むものもあります。ヘヌレバだと、月が経過してしまった、の意になります。

 
2882の「逢はずして恋ひわたるとも」の「恋ひわたる」は、恋し続ける。「とも」は、まだ起こっていない、成立していない条件を逆説的に仮定する接続助詞。「忘れめや」の「や」は反語で、忘れるだろうか、いや決して忘れない。「いや日に異に」は、いよいよ日増しに、日を追うごとに。「思ひ増すとも」の「とも」は、第2句の「とも」の繰り返し。疎遠にしている女から恨まれて、男が答えた歌かとされます。
 


まくら(枕)

 枕の材料には色々なものが用いられていたらしく、『万葉集』を見ても、薦枕(こもまくら)、菅枕(すがまくら)、木枕(こまくら)、黄楊枕(つげまくら)、石枕などが出てくる。石枕は七夕歌(巻第10-2003)にその例が見え、川原の石を枕にしたことがわかる。固くてとても眠れないようにも思われるが、後代には陶枕の例もあるから、旅寝などでは、こうした石枕も用いられたのだろう。木枕も固いが、これはかなり愛用されたらしい。黄楊枕はその一例。

 「草枕」は「旅」に接続する枕詞である。野宿の際、文字通り草を束ねるなどして枕にしたのが、その起源だろう。「手枕」は「巻く」とあるように、共寝において互いの首に腕(手本=手首)を巻きつけて抱き寝することをいう。この抱擁の姿勢は、双体道祖神に特徴的に見られる。

 マクラの語源については、「巻く」と結びつけ、マキクラ(巻き座)の約と見る説がある。クラは、一段高い座の意。本居宣長も「枕は、物を纏(まき)て、頭を居(すゑ)る座とせるよしの名なり」(『古事記伝』)と述べて、マキクラの約であることを認めている。

~『万葉語誌』から引用

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