| 訓読 |
2908
常(つね)かくし恋ふれば苦ししましくも心休めむ事計(ことはか)りせよ
2909
おほろかに我(わ)れし思はば人妻(ひとづま)にありといふ妹(いも)に恋ひつつあらめや
2910
心には千重(ちへ)に百重(ももへ)に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも
2911
人目(ひとめ)多み目こそ忍(しの)ぶれ少なくも心のうちに我(わ)が思はなくに
2912
人の見て言(こと)とがめせぬ夢(いめ)に我(わ)れ今夜(こよひ)至らむ宿(やど)閉(さ)すなゆめ
| 意味 |
〈2908〉
いつもこんなに恋焦がれているのは苦しくてたまらない。暫くの間でも心が安まる手だてを教えてほしい。
〈2909〉
いい加減に私が思いを寄せているのなら、人妻だというあなたに、こんなにも恋続けていようか、いはしない。
〈2910〉
心では幾重にも幾重にも恋しく思っているのに、人目が多くてあの娘に逢うことができない。
〈2911〉
人目が多いので、直接逢うことはこらえているが、心の中ではちょっとやそっとの思いでいるわけではない。
〈2912〉
人がうるさく咎め立てしない夢の中で、私は今夜あなたの所に行きます。決して戸を閉ざすことのないように。
| 鑑賞 |
作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2908の「常かくし」の「し」は、強意の副助詞。いつもこのように、の意。「恋ふれば苦し」の原文「恋者辛苦」で、コフルハクルシと訓むものもあります。「しましくも」は、ほんの少しの間でも。「事計りせよ」の「事計り」は、計画。「せよ」は命令形で、追い詰められた者の必死の懇願が込められています。この訴えが誰に向けられたものかについては、相手の女性への「そんなに私を苦しめないで、少しは安心させてほしい」という甘えと恨み、あるいは「どうすればこの苦しみから逃れられるのか」という自問自答、もしくは天に向けたもののいずれかと見られます。
2909の「おほろかに」は、いい加減に、うわべだけで。「我れし思はば」の「し」は、強意の副助詞。私が(そのように)思っていたとしたら。「あらめや」の「や」は、反語。どうして〜だろうか、いや、そうではない。禁忌とされた人妻への張りつめた恋心と、自らを律する心の間で揺れる切ない心情が窺える歌であり、人妻という高い壁があるのに、それでも思い続けている。この事実こそが、私の愛が本物である証拠だ、と逆説的に主張しています。
2910の「千重に百重に」は、幾重にも重なる意の語を重ねて程度の甚だしいことを表現したもの。「思へれど」は、思っているけれども。「人目を多み」の「多み」は「多し」のミ語法で、人の目が多いので。「妹に逢はぬかも」の「かも」は詠嘆で、逢えないことだなあ。激しく抵抗しながらも、抗えない現実に直面した者の、深く静かな溜息が感じられる結びです。
2911の「人目を多み」の「多み」は「多し」のミ語法で、世間の目が多いので、人の視線が気になるので。「目こそ忍ぶれ」の「目」は「見え」の約で、逢うことを我慢して、の意。「少なくも」は、下に打消を伴う強い否定。「我が思はなくに」は、私が思っているのではない(のに)。「思はなくに」は「思はず」のク語法の名詞形に「に」を添えたもの。ナクニ止めは詠嘆の意を表します。
2912の「人の見て」は、他人が見つけて。「言とがめ」は、咎め立て、詰問の意。「宿閉すなゆめ」は、戸を閉ざすな、決して。物理的な戸締まりだけでなく、魂を迎え入れる準備をしておいてほしいという願いです。自分から夢の中に逢いに行くというのは、唐代の伝奇小説『游仙窟』にある「今宵戸ヲ閉ザスコトナカレ、夢ノ裏ニ渠(きみ)ガ辺リニ向ハム」の文章が背景にあるようです。大伴家持が坂上大嬢に贈る歌に「夕さらば屋戸開け設けて我待たむ夢に相見に来むといふ人を」(巻第4-744)があり、この歌に学んだのではないかとも言われます。

『遊仙窟』
中国、初唐時代に、流行詩人の張鷟(ちょうさく)、字(あざな)は文成、によって書かれた恋愛伝奇小説。
筋書は、作者と同名の「張文成」なる人物が、黄河上流の河源に使者となって行ったとき、神仙の岩窟に迷い込み、仙女の崔十娘(さいじゅうじょう)と兄嫁の王五嫂(おうごそう)の二人の戦争未亡人に一夜の歓待を受け、翌朝名残を惜しんで別れるというもの。その間に84首の贈答を主とする詩が挿入されている。
本書は中国では早く散逸したが、日本には奈良時代に伝来し、『 万葉集』の、大伴家持が坂上大嬢に贈った歌のなかにその影響があり、山上憶良の『沈痾自哀文(ちんあじあいのぶん)』などにも引用されている。
その他、『和漢朗詠集』『新撰朗詠集』『唐物語』『宝物集』などにも引用され、江戸時代の滑稽本や洒落本にも影響を与えた。
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