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巻第12(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第12-2913~2917

訓読

2913
いつまでに生(い)かむ命(いのち)ぞおほかたは恋ひつつあらずは死ぬるまされり
2914
愛(うつく)しと思ふ我妹(わぎも)を夢(いめ)に見て起きて探(さぐ)るに無きが寂(さぶ)しさ
2915
妹(いも)と言はば無礼(なめ)し畏(かしこ)ししかすがに懸(か)けまく欲しき言(こと)にあるかも
2916
玉勝間(たまかつま)逢はむといふは誰(たれ)なるか逢へる時さへ面隠(おもかく)しする
2917
うつつにか妹(いも)が来ませる夢(いめ)にかも我(わ)れか惑(まど)へる恋の繁(しげ)きに

意味

〈2913〉
 いったいいつまで生きられる命だというのか。およそ恋い焦がれて生きているよりも、死んだ方がましだろう。
〈2914〉
 いとしいと思っている子の姿を夢に見て、起きて探っても、何も触れないのがつまらない。
〈2915〉
 妹(いも)と呼んだら無礼だし恐れ多いけれど、そうは言ってもはっきり口に出して言ってみたい言葉だ。
〈2916〉
 私に逢おうといったのは一体誰なのだろう、それなのに、せっかく逢ったのに顔を隠したりなんかして。
〈2917〉
 実際に彼女がやってきたのか、それとも夢なのか、あるいは私が取り乱しているのか、恋の激しさのために。

鑑賞

 作者未詳の「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」5首。2913の「いつまでに生かむ命ぞ」は、自分の命を客観的に突き放した言い方で、「どうせいつかは終わる命ではないか」という自問自答が含まれます。「いつまでに」の「まで」の原文「左右」は「左右手」の略で、両手を「真手(まで)」と言ったのでそのマデの音を借りたもの。「おほかたは」は、大体は、ふつう、およそ。原文「凡者」で、オホヨソハと訓むものもあります。「恋ひつつあらずは」は、恋い続けているよりは。「死ぬるまされり」は、死ぬことの方がまさっている。原文「死上有」で、シナムマサレリと訓むものもあります。単に「死にたい」と嘆くのではなく、「死」と「苦しい恋の継続」を天秤にかけ、はっきりと「死のほうがプラスだ」と言い切る論理性が、かえってその絶望の深さを際立たせています。

 
2914の「愛しと」の原文「愛等」で、ウルハシトと訓むものもありますが、ウルハシは、男性、上司、貴人にを称える場合に用いられるのに対し、ウツクシは妻や子をいつくしみ思う心の場合に用いられることから、ここはウツクシトと訓む立場に従っています。「探る」は、闇の中で手探りすること。「寂し」は、単に寂しいだけでなく、魂が抜けたような、荒涼とした心の空虚さを表します。『游仙窟』に「少時にして坐睡すれば、即ち夢に十娘を見る。驚き覚めて之をとれば、忽然として手を空しくす」とあるのに拠っているとされ、家持の歌にも「夢の逢ひは苦しかりけり覚きて掻き探れども手に触れねば」(巻第4-741)の類歌があります。

 
2915の「無礼し」は、無礼だ、無作法だ。「畏し」は、恐れ多い、身の程知らずだ。「しかすがに」は、しかしながら、そうはいうものの。「懸けまく」は「懸けむ」のク語法で名詞形。口に出して言うこと。「言にあるかも」の「言」は言葉、「かも」は詠嘆の助詞。言葉であることよ。無礼だ、畏れ多いと悩んでいることから、身分の高い女性への片想いの歌と見られます。「妹(いも)」は『万葉集』の歌では概ね男性から親愛の情を込めて女性を呼ぶ、特に恋歌において一般化していた呼称に見えますが、この歌からは、やはり男性が女性を「妹」と呼ぶことには、特別な意味合いが込められていたことが分かります。

 
2916の「玉勝間」の「玉」は美称の接頭語で「勝間」は竹籠のこと。その蓋と身がピタリと合うことから「逢ふ」にかかる枕詞。「逢はむ」は、逢おうという自らの意志を表します。「誰なるか」は、他の誰でもなく相手であるのを、戯れてわざと疑いの形で言っているもの。「面隠し」は、恥じらいから扇や袖で顔を隠すこと。「面隠しする」と連体形で止めているのは、することよと余意を込めた言い方。上の句と下の句を「逢ふ」で合わせて調子を整えています。逢いたいと言うので来て見たら、いざとなると、女が恥ずかしがって袖で顔を隠すのを、男は可憐に感じてからかっている歌です。また、「自分から誘っておいて、それはないだろう」という、ちょっとした「ぼやき」と、期待が空回りする様子がコミカルに描かれています。斎藤茂吉は、「男女間の微妙な会話をまのあたり聞くような気持ちのする歌である。これは男が女に向かって言っているのだが、言われている女の甘い行為までが、ありありと目に見えるような表現である」と言っており、窪田空穂は「明るく楽しい歌である。上流の教義ある階級から生まれた歌である」と言っています。

 
2917の「うつつにか」は、現実なのだろうか。「来ませる」は「来る」の敬語で、男から女に敬語を用いている珍しい例。相手の女性が身分や年齢などの点で上位にあるのでしょうか。「夢にかも我れか惑へる」は、夢なのだろうか、私の心が迷い、混乱しているのか。上の「かも」と下の「か」の疑問が2つ重なっており、破格とされます。「恋ひの繁きに」は、恋しさが激しいために。思いがあまりに頻繁に湧き上がってくるので。夢で妹に逢い、覚めた瞬間の半信半疑の心を言ったものとされますが、愛人である女性の意外な来訪を夢かとばかり驚喜した男の激情との見方もあるようです。作家の大嶽洋子はこの歌について、「後世の伊勢物語の下地ではないかと思われるような物語性のある歌である。妹に対して『来ませる』などと敬語を使っているところは、伊勢物語第69段の斎宮と昔男との月夜の出来事を思わせる。夢に私が迷ったのか、それとも現実に恋人がやって来たのだろうかと複雑な現実と夢の世界の織りなす幻覚を詠っている。迷う男にとってどちらも真実の世界なのだろう」と述べています。
 


『万葉集』の三大部立て

  • 雑歌(ぞうか)
    公的な歌。宮廷の儀式や行幸、宴会などの公の場で詠まれた歌。相聞歌、挽歌以外の歌の総称でもある。
  • 相聞歌(そうもんか)
    男女の恋愛を中心とした私的な歌で、万葉集の歌の中でもっとも多い。男女間以外に、友人、肉親、兄弟姉妹、親族間の歌もある。
  • 挽歌(ばんか)
    死を悼む歌や死者を追慕する歌など、人の死にかかわる歌。挽歌はもともと中国の葬送時に、棺を挽く者が者が謡った歌のこと。

 『万葉集』に収められている約4500首の歌の内訳は、雑歌が2532首、相聞歌が1750首、挽歌が218首となっています。

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作者未詳歌

 『万葉集』に収められている歌の半数弱は作者未詳歌で、未詳と明記してあるもの、未詳とも書かれず歌のみ載っているものが2100首余りに及び、とくに多いのが巻7・巻10~14です。なぜこれほど多数の作者未詳歌が必要だったかについて、奈良時代の人々が歌を作るときの参考にする資料としたとする説があります。そのため類歌が多いのだといいます。

 7世紀半ばに宮廷社会に誕生した和歌は、7世紀末に藤原京、8世紀初頭の平城京と、大規模な都が造営され、さらに国家機構が整備されるのに伴って、中・下級官人たちの間に広まっていきました。「作者未詳歌」といわれている作者名を欠く歌は、その大半がそうした階層の人たちの歌とみることができ、東歌と防人歌を除いて方言の歌がほとんどないことから、畿内圏のものであることがわかります。 

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。